こんなにデザインがいいのになぜ売れなかったのか?
ここまで読むと、「そんなに個性的で性能もよかったなら、なぜ売れなかったの?」という疑問が湧いてくる。
ビークロスの国内販売台数は約1700台にとどまったとされる。理由のひとつは、あまりにも登場する時代が早かったことだ。
現在なら、SUVにスポーティなデザインを組み合わせることは珍しくない。クーペSUVも当たり前の存在になった。
しかし1997年当時、SUVに求められていたものは今とは少々違っていた。アウトドアブームやRVブームを背景に、後席の使いやすさや荷物の積載性、家族で使える実用性が重視されていたのである。
ところがビークロスは3ドア、4人乗りだ。全長4130mmというコンパクトなボディは取り回しには有利だが、後席へ乗り込むには前席を倒す必要がある。ファミリーカーとして見れば、5ドアSUVより不利なのは明らかだった。
さらに外観は未来的なのに、インテリアは比較的オーソドックスだった。
外から見て「うわっ、なんだこれは!?」と興奮してドアを開けると、室内には当時のいすゞ車らしい現実的な景色が広がる。このギャップもビークロスの惜しいところだった。
もちろん、走りは本格派である。しかし車両重量は1750kgあり、3.2L V6ガソリンエンジンを搭載。10・15モード燃費は7.8km/Lだった。
つまり実用SUVとして考えると3ドアで使い勝手に制約があり、スポーティなスペシャリティカーとして見ると1750kgの本格4WDである。
この「どのジャンルにも完全には当てはまらない」キャラクターこそ最大の魅力だったのだが、当時の市場では逆に弱点にもなってしまった。
もうひとつ見逃せないのが、当時のいすゞを取り巻く状況である。
1990年代のいすゞは乗用車事業を縮小しており、ビークロスが登場した頃にはSUV以外の自社開発乗用車が急速に減っていた。
どれほど魅力的なクルマを作っても、大量販売を狙うメーカーの主力SUVとは販売力そのものが違う。
つまりビークロスは、「商品としてダメだったから売れなかった」と単純に片付けられるクルマではない。
むしろ商品企画が市場より先へ行きすぎていた。もし同じデザイン思想の5ドアSUVが2026年に登場したらどうだろう。
「コンセプトカーみたいでカッコいい!」
「人と被らないSUVが欲しかった!」
そんな声が出ても不思議ではない。
約30年前にそれをやってしまったのがビークロスなのである。

2026年9月30日現在、ビークロスの中古車はいくら?
では、そんなビークロスを2026年に買おうとしたら、いくら必要なのか?
大手中古車検索サイト「カーセンサー」で確認すると、2026年9月30日時点の全国掲載台数はわずか5台。価格帯は148万9000円~238万円、平均価格は164万6000円となっている。
グーネットでも掲載は7台で、中古車価格帯は148万9000円~215万円、平均価格は177万8000円だ。
つまり「古いSUVだから50万円くらいで買えるだろう」と思って探すと、完全に予想を裏切られる。
新車時価格が295万円だったクルマが、約30年を経た現在でも150万~200万円前後で流通しているのだ。しかも注目すべきなのは台数の少なさである。
カーセンサーでわずか5台、グーネットでも7台しかない。全国から探しても選択肢はひと桁なのだから、もはや一般的な中古SUVと同じ感覚では探せない。
では、「ビークロスは高騰している」といえるのだろうか? 過去の相場と比較すると、答えは「かなり高くなった」といっていい。
ベストカーWebが2020年に中古車市場を調査した際には、流通台数はほぼ3台で、平均価格が約50万円だった時期から約180万円まで上昇したことを紹介している。当時すでに価格帯は約96万~215万円まで上がっていた。
現在は平均価格がカーセンサーで164万6000円、グーネットで177万8000円なので、そこからさらに一気に何倍にも跳ね上がったという状況ではない。
したがって現在のビークロスは、「いま突然、爆発的に高騰している」というより、「一度大きく値上がりしたあと、高値圏を維持している希少車」と表現するのが実態に近い。
そして、これから注意したいのは価格以上に「タマがない」ことだ。
国内販売約1700台という少なさに加え、すでに登場から約30年。事故や故障、海外流出などによって現存台数は当然減っていく。
さらにビークロスの場合、専用の外装部品が多い。特徴的な樹脂製クラッディングやリアまわりなど、一般的な量産SUVとは事情が違うため、中古車選びでは価格や走行距離だけでなく、外装の状態や補修歴、部品の入手性まで確認しておきたい。
機関系についても年式相応のチェックは必須だ。安い個体を見つけたからといって、価格だけで飛びつくタイプのクルマではない。
その一方で、ビークロスほど「今見ても古く見えない1990年代車」はそう多くない。
約30年前のSUVなのに、街中を走れば今でもかなり目立つ。それどころか、昨今のクロスオーバーSUVやクーペSUVを見慣れた目で眺めるほど、「いすゞは1993年の時点でここまで考えていたのか」と驚かされる。

ピアッツァもそうだったが、いすゞには時々、時代より少し先に行きすぎたクルマを作ってしまうところがあった。
ビークロスもまさにその一台だ。売れなかった。しかし、いいクルマだった。
そして大量に売れなかったからこそ、約30年後の現在、その希少性と独創性が中古車価格に表れている。
カーセンサーで全国5台という現状を見ると、これからビークロスが「安い中古車」に戻る可能性は高くなさそうだ。
新車当時には理解されにくかった個性が、時代を経て価値になる。ビークロスは「売れなかったクルマ」が必ずしも「失敗作」ではないことを教えてくれる、いすゞらしい名車なのである。
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