モータースポーツは「走る実験室」とも言われるが、そのなかでも耐久レースは、とくにクルマの性能を試す恰好の場と見られている。だけど実際のマシンって一体どんな感じなの?! そこで、国内外の耐久レースに参戦した経験もある中谷明彦氏が自身の経験をもとに語ってくれている。
文:中谷明彦/画像:ポルシェ、日産、McLaren
耐久レースだからこそ究極のドライバーフレンドリー
1980年代末から1990年代初頭にかけて、耐久レースの世界は「グループC」というカテゴリーのもと各メーカーが技術の粋を競い合っていた。その中で、自身がレースで走らせたポルシェ 962Cと日産 R90(および改良型91)CKは、同一の規定に基づきながらも、全く異なる思想と設計哲学のもとに生まれた2台として記憶される。
ポルシェ 962Cは、956の進化版として1985年に登場した。アルミ製モノコックを用いたシャシー構造、伝統的な水平対向6気筒3リッター・ツインターボエンジン、そして長年のル・マンでの経験に裏打ちされた圧倒的な耐久性。
962Cはまさに“完成された工業製品”であり、理論的な完成度の高さが最大の特徴であった。当時のグループC規定では、燃費管理が最重要課題でもあり、1レースあたりの燃料使用量が制限されていた。962Cはこの制約下で最大のパフォーマンスを発揮するため、テレメータリングを用い、ターボの過給圧コントロールを緻密に行う。
フラット6レイアウトを採用し、低重心化と整流効果も両立していた。空力的にも極めて安定しており、370km/hを超える速度域でも揚力をほぼゼロに抑え、ダウンフォースを得る設計思想が徹底されている。操縦特性の面では、962Cは安定性(スタビリティ)を最優先していた。
リアデファレンシャルにデフロック機構を組み込み、コーナリング中の挙動を極端に穏やかに抑制。アンダーステア傾向は強いが、これこそが長時間ドライブ時のドライバー疲労を軽減し、トラブル時にもピットへ帰還可能な「耐久レーサーとしての合理性」を実現していたのだ。
夢だった栄光のル・マンを現実に
たとえば駆動輪の1本が脱落しても自走できるように設計されていたのは、その象徴的な例である。さらに特徴的なのは、量産車との共通性である。コックピット内には市販のロードカーであるポルシェ911と共通のキーシリンダーやスイッチ類が用いられ、取り扱い説明書まで備わっていた。
962Cは、メーカー直系ワークスだけでなくプライベーターチームにも供給される“カスタマー・レーシングマシン”としても設計されていたため、整備性や信頼性の面でも極めて実用的だった。言い換えれば、962Cはレーシングマシンでありながらポルシェの思想の延長線上に存在していたのである。
それは「レーンシュポルト」と言われるポルシェのスポーツカー=レーシングカーというフィロソフィーに他ならない。
モータースポーツに興味を持つきっかけとなった1970年に公開された映画「栄光のル・マン」。ポルシェ917がル・マン24時間レースで活躍するシーンが描かれた不朽の名作だったが、まさか自分がそのポルシェの最新鋭マシンで6kmの直線ユノディエールを375km/hで疾走することになるとは思いもよらなかった。

















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