2024年7月、ジェイアールバス関東の「白棚線」バス専用道、「三森―表郷庁舎前間が道路の老朽化に伴い廃止され、国道289号線上にバス停・高木、梁森、表郷庁舎前の3か所が移設されたというニュースがあった。
これによって「白棚線」の専用道区間はジェイアールバス関東の敷地内を走る磐城金山―関辺間のみとなった。
(記事の内容は、2025年7月現在のものです)
執筆/諸井泉 写真/ジェイアールバス関東棚倉営業所、「白棚高速線開業50周年史」より(特記を除く)
取材協力/ジェイアールバス関東白河支店
※2025年7月発売《バスマガジンvol.129》『あのころのバスに会いに行く』より
■「田舎のバスはオンボロ車」じゃなかったと記録が物語る
「白棚線」といえば廃線となった鉄道線の跡地をバス専用道としてバスを走らせていることが知られているが、高速BRTの先駆けともいわれている歴史的にも重要な路線である。わずかに残ったバス専用道と廃道となった専用道から白棚線の歴史を探ってみた。
白棚線を管轄するジェイアールバス関東白河支店を訪ねたが、通された応接室には白棚線の歴史を紹介したパネルが何枚も展示されており見飽きることがない。
白棚線の歴史について尋ねると岡見支店長は2007年7月に棚倉営業所で発行された白棚線の50年のあゆみを紹介した「白棚高速線開業50周年史」を持ってこられ見せて頂いた。
本書は白棚高速線の沿革、開業から編集された当時までの様子が写真でまとめられている。
バス製造などのテスト用道路として活用された白棚線、国鉄の最後を迎えた昭和62年、白棚線50周年記念だるまバスの登場、消えゆく専用道路などが、記念切符やバス車両、バス塗装デザイン、高速開業、当時の高速車の巻末資料とともに紹介されていた。
まさに白棚線のバイブル的な存在の本で内容のすごさにくぎ付けとなってしまった。
本書の冒頭には、1957年6月7日付の日本経済新聞行楽覧に、紀行文作家である戸塚文子さんの白棚線に寄せた思いを綴った一文が、磐城棚倉駅での開通式の写真とともに次のように掲載されていた。
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「田舎のバスは、オンボロ車」と歌でおなじみだが、どう致しまして、これはちょっと都会でも目立つくらいのスマートな新車が、走っている。つづいて、「デコボコ道を、ガタゴト走る」という文句にも、例外はある。
それが、東北本線白河から水郡線磐城棚倉(いわきたなぐら)へ最近開通した国鉄バスの白棚(はくほう)高速線である。この線路じつは、昔汽車ポッポが走っていた。戦争中の「不用不急」のレッテルをはられて、レールをとりはずされたまま、つい一ヶ月前まで、休業していたのである。
その元からあった線路の土台を利用して、完全舗装のアスファルト自動車道路をつくりあげた。だから両側に展開する田畑よりは心持高くなっていて、しかも専用道路だから快適なスピードが出せる。
木立や田畑の見渡す限りの緑の中を縫って、平らな道路が美しい。丸や三角を赤や緑で描いた標柱が次から次と近づいては、後方へ流れ去るのも、どこか外国のドライブウェーを飛ばしているような気分になる。
カーブにさしかかると、頭の先を赤く塗った白い防護標がいくつも立ちならんでいて、まだ塗料の色も新しいせいか、あたりの緑と対照して、ひどく鮮やかにきれいに見える。24キロを45分で行くのだが、動揺しないせいかまたたく間にすぎるような気がする。(原文のまま)
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白棚線が沿線住民にとっての誇りであり愛されていたことが伺えた。
