バスのお仕事とは、運転士だけではなく、若干絶滅危惧種のバスガイドも同様に重要なお仕事だ。現役バスガイドが楽しく真剣に仕事の魅力や大失敗談を赤裸々に語る「へっぽこバスガイドの珍道中」。今回はバスガイドの青春時代について語ってみることにする。
文/写真:町田奈子
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
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■私の“黄金期”は、仲間と一緒に走っていた
バスガイドという厳しい環境のなかで、私がここまでこの仕事を続けてこられた理由は、可愛がってくれた先輩や同期に恵まれていたからだ。振り返ってみても、あの時のあのメンバーがいなければ、きっと私は続いていなかった。何より「バスガイドって楽しい」と思えたのは、間違いなく仲間たちのおかげである。これはどんな職業でも同じだろう。
私の“バスガイド黄金期”は、デビューしてからの2022年〜2024年頃だ。今思えば、毎日が事件で、毎日が文化祭のようだった。中でも忘れられない事件は、路線帳を忘れた日だ。やばい終わった、と心の中で葬式をあげつつ、同僚のSちゃんのノートを借りて、コンビニへダッシュ。
コピー機の前で「お願い、紙詰まり起こさないで」「今だけは静かに出てきて」と謎に祈りながら、必要箇所だけを秒速でコピーした。そして出来上がったコピーを、まるで国家機密よろしくカバンの奥底へ詰めた。誰にもバレないように平常心を装うが、こういう日に限って挙動不審になる。あれは今思えば、たぶんバレてた。いや、絶対バレてたはずだ。
寝坊して、みんなの前で派手に叱られたこともある。私としては「起きた瞬間から全力疾走してやってました!」と言いたいのに、言えるはずもなく、ただただ小さくなるしかなかった。振り返れば、自分の準備不足で怒られる場面なんて枚挙にいとまがない。
それでも、一人で仕事に出るようになってからは少しずつ楽になっていった。けれど結局は同期で仕事をする楽しさに勝るものはないと思ってしまうのだ。
■入社前に終わったと思わせてしまった同期
バスガイドの仕事を続けられる理由のひとつに、「仲間の存在」がある。今でも大切に思っている仲間がいる。なかでも欠かせない存在が同期のSちゃんだ。彼女とは最初の会社から一緒だった。出向や異動を経ても支え合ってきた、いわば戦友である。現在は結婚しフリーランスのバスガイドだ。大好きで憧れの存在だ。
Sちゃんは、へっぽこな私とは違い、誰もが思い描く“理想のバスガイド”そのものである。案内も上手で、気配りもできて言うことはない。だからこそ正直、比べられることも多かったが「私は私、SちゃんはSちゃん」と割り切るようにしていた。比べられる彼女がいてくれたからこそ踏ん張れたのだと思う。
後日談だが彼女は入社前の段階で「同期が私だ」と分かった瞬間、“終わった”と思っていたらしい。入社前から始まっていた「とんでも同期」疑惑があったのだ。“終わった”と思わせた経緯は、入社前の懇親会だった。
内容は、先輩ガイドさんの案内を、実際にバスに乗って聞くというもの。いわば「未来の私たちの手本を見せる」のである。なのに私は、先輩が美しく案内している横で、スヤスヤ夢見心地でツアーを「消化」してしまったのだ。
先輩は優しく「気持ちよさそうに寝てますね」くらいで流してくれたけれど、内心は大騒ぎだったはずだ。それを見ていたSちゃんも「とんでもない同期が来た!」とドン引きしていたに違いない。それでも、少しずつ成長する私を見て「全然、前より遥かに良いよ!」と言ってくれた。
叱られたことでも今は笑えるのだ。社会人経験が長い読者の皆様も共感していただけると思うが、最初は叱られてナンボ、後から笑い話になり叱る立場になると叱られて堪えるよりも多くのパワーを必要とする。社会人とはそんなものだ。
せっかくなので今でも鮮明に覚えている怒られ事件を紹介しよう。宿泊した八ヶ岳のホテルの鍵を、なぜか富士急ハイランドまで持ってきてしまった。前日の河口湖の昼食では、すき焼きの卵を割ろうとしてなぜか落としてしまい、制服と床が悲惨なことになった。
今思えば、こんなやらかしの連発だった。思い出すだけで笑ってしまう。あの時、ちゃんと叱ってくれて本当にありがとう。と同期や先輩にこの場を借りて御礼申し上げたい。





