マツダがバブル期の1987年1月に、5代目ファミリアをベースにしたスペシャルティクーペを発売した。その名も日本語で練習曲を意味する「エチュード」。なぜたった3年で消えてしまったのか? その数奇な運命に迫ってみたい!
文:ベストカーWeb編集部/写真:マツダ
バブルだから生まれた? ファミリアベースのスペシャリティクーペ(1987年1月~1990年)
1987年1月、5代目ファミリアをベースとしたオシャレな3ドアハッチバック(マツダはクーペと謳っていた)がエチュード。このエチュードという車名はフランス語の「練習曲」から来ている。
ファミリア3ドアが全長3990×全幅1645×全高1390mmだったのに対しエチュードは全長4105×全幅1645×全高1355mmと長く、低くして差別化。
エクステリアではフラッシュサーフェイス化を徹底したスムーズな面構成が特徴で、Cピラーをウィンドウで覆うなど当時としては斬新なデザインだった。マツダはこれをテラスバックと呼んでいた。
エクステリアではフラッシュサーフェイス化を徹底したスムーズな面構成が特徴で、Cピラーをウィンドウで覆うなど当時としては斬新なデザインだった。
ファミリアを無理くりデザイン変えて、都会派クーペに仕立てた感じで、内装もメカニズムもファミリアとほぼ同じ。エクステリアデザインも、このデザインだから買う! というパンチの効いたものではなかった。
この時代は、S13シルビアや2代目プレリュードといったデートカーブームが起きており、そのなかにあって、さりげなさはあるものの、存在感は薄かった。
発売当初のエンジンは110psを発生する1.6L、DOHCと1988年3月に追加された76psの1.5L、SOHCエンジンの2種類。5速MTも用意されていた。
当時のエチュードの広告は、「エチュードの頃」。砂浜の佇むエチュードの後ろ姿の写真の下には、「ずっと探していた音楽のようです。アーバン・チューンド・エチュード」。センスよくオシャレにイメージだが、さすがにインパクトに欠ける……。
まさかの身内に敵が! アスティナが売れたせいで生産終了!
ファミリアが1989年に6代目にフルモデルチェンジして切り替わった時に、リトラクタブルヘッドライトの4ドアクーペともいえるスタイリッシュなファミリアアスティナがデビュー。
約1年間アスティナと併売されたが、アスティナの人気が高くエチュードはほとんど売れなかったため1990年に生産中止となり3年弱で終焉を迎えた。月販目標台数3000台に対し、総生産台数はたった8960台だった。
たしかにリトラクタブルのアスティナはカッコよかったが、今見るとエチュードのなんともいえない個性的なデザインがよく思えてきた。みなさん、どう思いますか?
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