現代のバイクと絶版車、旧車と呼ばれるバイクはあらゆる点で異なります。中でも絶版車のブレーキは利きが悪いと言われがちですが、果たして本当でしょうか? しかし、こうした評価は必ずしも正確ではありません。確かに初期のディスクブレーキは現代車ほど強烈な制動力や剛性を持たない一方で、正しく整備されていれば公道域で十分な制動力を発揮します。利かないブレーキと決めつける前に、構造的な特徴を理解して正しくメンテナンスすることが重要です。
文/栗田晃
ピンスライドでも全然違う。初期のディスクブレーキの構造を理解しよう
カワサキZ1に代表される1970年代の絶版車に装着されたディスクブレーキは、現行スーパースポーツや高性能ネイキッドと比較される中で、「利きが甘い」「止まらない」「握っても頼りない」と評されることが少なくありません。
当時、黎明期だったディスクブレーキは高性能化の象徴であると同時に、まだ成熟途上の技術でもありました。現在のような対向ピストンキャリパーや大径フローティングディスク、高剛性アルミモノブロック構造などはレース用パーツでも存在していませんでした。
同じ初期ディスクブレーキを比較すると、ホンダCB750フォア用とカワサキZ1/Z2用でも違いがありますが、ここではカワサキZ1/Z2用に的を絞って説明します。
カワサキZ1/Z2用ディスクブレーキはシングルピストンのピンスライドキャリパーと、ソリッドディスクローターの組み合わせです。ピンスライドキャリパーは中型車以下の排気量では現在でも主流であり、決して機構的に劣るものではありません。
ソリッドディスクローターも現役のメカニズムであり、フローティング構造でないから利きが悪いということはありません。
ただし当時の設計思想では、ブレーキレバーを握ると同時に効力が立ち上がるという特性でなかったことは事実です。1970年代といえば道路の舗装状況も現在ほど良好ではなく、タイヤのグリップ力やサスペンションの性能も現行モデルほど高くなかったこともあり、最終的にタイヤをロックさせる制動力はあるものの、ブレーキレバーのストロークが大きく効力の立ち上がり方が穏やかだったというのが正しいかもしれません。
そのため現代車に慣れたライダーが初期ディスク車に乗ると、効き始め方が穏やかという特性を、しばしば制動不足と誤認しやすい面があります。
加えて、車体全体の設計思想も見逃せない。Z1のような絶版車は、車重配分、タイヤ断面、フロントフォーク剛性、フレーム特性まで含めて、当時の速度域・タイヤ性能・路面条件に合わせて開発されており、そもそも2026年の道路事情を考慮したものではありません。
現代のハイグリップタイヤと高剛性倒立フォークを前提とした強烈な制動入力とは思想が違うため、過度な初期制動を与えると、かえって荷重移動や姿勢変化が唐突になることもあります。ブレーキを制動というように、車体各部のポテンシャルと協調して減速を組み立てる機構の一部として考えられていたと思われます。
そして、ここで見落とされがちなのが「利かない」と言われる旧車のブレーキは、機械的な限界ではなく長年の整備不足や経年劣化によって本来の性能を失っているケースも少なくないという点です。「古いディスクブレーキだから利かない」のではなく「利きが穏やかな上にメンテナンス不足が重なって」満足いく制動力が得られないという誤解が元になっているのであれば、正しく整備することで少なくとも50年前に最新だったブレーキシステム本来の性能を取り戻すことができるはずです。
2分割ボディがキャリパーホルダーを挟む独自構造
カワサキZ1/Z2用(H2やW3も同様です)キャリパーを構造的に分類すればピンスライドキャリパーとなります。つまりキャリパーホルダーがフロントフォークに固定され、キャリパーホルダーのピンに沿ってキャリパーがスライドします。それによってキャリパーピストンがボディの片側にしかなくても、ブレーキを掛けるとキャリパー本体が移動して2枚のブレーキパッドがディスクローターを両面から挟み込んで制動力を発揮します。
この構造は時代を経ても変わることなく、対向ピストンキャリパーでない以上、現行車であっても必ずピンスライドキャリパーが装備されています。
ピンスライドキャリパーにとって、制動時にキャリパーがスムーズに動くことがブレーキの利きに直結します。
現行車であっても、メンテナンス不良でキャリパーホルダーのピンの潤滑状態が悪化するとブレーキパッドがローターに接触したまま引きずったり、パッドとローターの摩擦力が低下してブレーキの利きが悪くなることもあります。
そしてカワサキZ1/Z2用キャリパーのピンスライドを見ると、現代的な構造とはかなり様子が異なります。キャリパー本体がまるで一部の対向ピストンキャリパーのような分割式で、2個のボディの間にキャリパーホルダーが挟み込まれているのです。
そして2枚のブレーキパッドのうち、キャリパーボディ(キャリパーピストン)側のパッドはキャリパーでなく、キャリパーホルダーにセットされています。
キャリパーボディを締結するボルトがスライドピンを兼務する構造は、後年のキャリパーにはない独特のもので、メンテナンスやパッド交換にも独自の作法が必要です。

スライドピンを兼ねたキャリパー締結ボルトにはOリングが組み込まれており、キャリパーホルダーにはブーツが取り付けられている。これらはキャリパー分解組み立て時に外れやすいが、ピンとホルダーの摺動部にパッドダストの侵入を防止するパーツなので安易に取り外さないように。

このキャリパーのダストシールはブーツタイプで、ブレーキパッドが摩耗してピストンがせり出しても外周に水分やパッドダストが付きづらいのが特長。しかし長期間メンテナンスをしていないとピストン表面に付着したブレーキフルードが固着することもあるので要注意。

ダストブーツを取り外してレバーを握ってピストンを押し出し、表面の汚れを落としてからMR20に代表されるラバーシール組み付け剤をスプレーする。こうすることでピストンの動きがスムーズになり、パッドの引きずり予防にも効果がある。
スライドピンの潤滑がキャリパーのフリクション低下に有効
締結ボルトがスライドピンを兼ねるカワサキZ1/Z2用キャリパーの効率を上げるには、キャリパーホルダーとキャリパーの摺動抵抗=フリクションロスの低減が重要なテーマとなります。
先に述べたように、ピンスライドキャリパーはピンの潤滑不良によりパッドが片側だけ押されて制動効率が大きく落ちます。キャリパーホルダーがキャリパーボディに挟まれているためピンの汚れ具合を確認するのが難しいのですが、パッド支持部やピン部の腐食、変形やパッドダストの固着があると、パッドが素直に動かず片効きや戻り不良を招き、利きが悪いと感じる要因となります。またキャリパーホルダーにセットされたパッドが傾くことで動きが悪くなり、引きずりや制動力不足につながることもあります。
そうした症状を改善するには、締結ボルトを取り外してキャリパーを分割して、ピンとキャリパーホルダーを洗浄するのが唯一無二の方法です。キャリパーの分解組立には相応の作業経験とキャリパー構造の理解が必要なので、自信がなければプロに任せましょう。DIYで行うかプロに任せるかは作業者の技量次第ですが、外部から洗浄やグリスアップができる構造ではないので、メンテナンスを行うには分解は必須です。
分解時に確認しておくべき点は、キャリパーホルダーとスライドピンのクリアランスです。ピンが貫通するキャリパーホルダーの穴にはブッシュが圧入されていますが、製造から数十年が経過する間の潤滑不足などで偏摩耗してガタが生じていることがあります。スライドピンとキャリパーの動きにガタが出れば、ブレーキレバーを握った際にパッドの反応が遅れ、レバーを離した際もローターとパッドの引きずりが残る可能性があります。当然それらはブレーキの利きが悪いと感じる要因にもなります。
ただガタが確認できたとしても、絶版車だけに部品の入手が難しいという問題もあります。どうしても交換部品が入手できない場合、社外品のキャリパーへの交換も考えなくてはならないでしょう。
だからこそ、そうなる前にピンとキャリパーホルダーの潤滑を確認して、適切に洗浄とグリスアップを行うようにしましょう。

キャリパー締結ピン(スライドピン)は洗浄して薄くグリスを塗布してキャリパーとキャリパーホルダーに挿入する。キャリパーホルダーのピン貫通部分のゴムブーツは、キャリパーに付着する雨水やパッドダストを摺動部分に入れないための重要な部品だ。

フロントフォークのボトムケースに固定したキャリパーホルダーにブレーキパッドが付き、このキャリパーホルダーを2分割キャリパーで挟み込む独特の構造。絶版車のブレーキの利きが悪いと感じる場合、このスライド機構がうまく機能していない場合も多い。キャリパーピストンに押し出されたブレーキパッドがブレーキディスクに当たった反作用で、ピストンと反対側のパッドが引っ張られてディスクを挟むのがピンスライドキャリパーのメカニズムなので、スライドピンに沿って滑らかに動くようメンテナンスしておくことが重要。
高性能品に交換する前に純正ブレーキのポテンシャルを引き出そう
手間の掛かるメンテナンスや交換部品の入手が難しい純正ブレーキにこだわらず、さっさと現代的なディスクローターとキャリパー、合わせてブレーキマスターシリンダーに交換してしまうことで、諸々のブレーキ問題は一気に解決するでしょう。
しかしその動機が「絶版車のブレーキは利かないから」というのは早計かもしれません。シンプルなようでいて意外と複雑なピンスライド構造を理解した上で適切なメンテナンスを行うことで、利きが悪いと感じていた絶版車のブレーキが想像以上に利くと見直すきっかけになるかもしれません。
Z1をはじめとする初期ディスクブレーキは、決して利かない旧式装置ではありません。少なくとも新車当時はそれ以前のドラムブレーキに比べて確実に先進的なメカニズムだったわけで、構造を正しく理解して丁寧にメンテナンスを行うことで、そのキャリパーは半世紀前の設計とは思えないほど素直で信頼性の高い仕事をしてくれるはずです。
- ポイント1・旧車や絶版車のディスクブレーキには当時の技術的背景や道路事情、車体に使用するパーツの組み合わせがあり、現行車のブレーキ性能と直接比較するのは難しい
- ポイント2・カワサキZ1/Z2に採用されたブレーキキャリパーは、キャリパーホルダーの構造が現代のピンスライド式と異なる
- ポイント3・キャリパーを分解してキャリパーホルダーとキャリパーピンのフリクションロスを低減することでフィーリングが改善する
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