バスのお仕事は、なにも運転士だけではない。貸切バスのバスガイドも重要な職業だ。現役バスガイドが楽しく真剣に仕事の魅力や大失敗談を赤裸々に語る「へっぽこバスガイドの珍道中」をお届けする。今回のテーマは「言葉」だ。バスガイドはマイクを持ち主に言葉で案内をする。その言葉の大切さは社会で広く通用する概念なので詳細をご案内する。
文/写真:町田奈子
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
(写真はすべてイメージであり本文とは直接関係ありません)
■たった一言で、旅の景色が変わることがある
私はバスガイドとして働く中で、「たった一言で、旅の景色が変わる」その瞬間を何度も見てきた。何気なく添えた言葉にお客様が笑顔になったり、案内した景色をより深く心に刻んでくださったりするたびに思うのだ。言葉は、ただ情報を伝えるためのものではない。誰かの心へ手渡す“贈り物”なのだと。だから私は、バスガイドの仕事をする上で「言葉を丁寧に届けること」を何より大切にしている。
私たちバスガイドは、日々お客様の前に立ち、言葉を使って旅を案内している。ただ原稿を読むだけでは、お客様の心には届かない。同じ案内であっても、話し方や言葉選び一つで、伝わり方は大きく変わる。人前で話す仕事は、一見簡単そうに見えるが実際にはとても難しい。
自分だけが理解していても意味がないので、お客様に伝わって初めて「案内」になるのである。立ち寄り箇所の説明、お土産紹介、このあと何を体験できるのか等々。限られた時間の中で、必要な情報をわかりやすく、そして楽しく届けなければならないのだ。
みなさんも人との会話の中で、「ちゃんと言ったはずなのになぜか真意が伝わってない」という経験は山ほどあるだろう。相手が気心知れた友人であれば、後でどうとでもなる。しかしこれが仕事の相手だとどうだろうか。考えただけでも恐ろしいことだ。私たちバスガイドは、それを貸切バスの乗客全員に一度で真意を伝えはならない。異論は許されないのだ。
■自分の言葉には責任も伴う
例えば、添乗業務を兼任しているバス会社では、お客様が現地で受けられるサービスや体験内容をきちんと説明しなければならない。本来受けられるはずだったサービスを説明不足により受けられなかったらどうだろうか。場合によっては「案内不足」として大問題になる。業界では、こうしたケースを「債務不履行」と呼ぶ。
知人の法学部出身者によると、債務とは何も金員(お金)に限った話ではなく、役務やサービスも広く債務になるそうだ。よって契約上のサービスが受けられないということは、約束された債務が履行されなかったということで、民法上も債務不履行になるのだそうだ。社会一般でもビジネスで約束をしたことをやってくれない等のトラブルが発生すると大炎上だろう。それと同じだ。
だからこそ私たちは、「なんとなく話す」のではなく、一つひとつ漏れがないよう最後まで責任を持って伝えなければならないのである。紹介したお店が閉店していないかに始まり、どこにあり、どれぐらい時間がかかり、どうやって購入できるのか等々の案内内容は常に更新しておかねばならないのである。
特に歴史の案内は難しく、ただ年号や人物名を並べても、お客様の記憶には残りにくい。だから私は、子供でもわかるように噛み砕いたり、イラストを使ったり、時にはクイズ形式にしたりしながら伝える工夫をしている。
■“言の葉”に込められた想い
昔の人は「ことば」を“言の葉”とも表現した。木に葉が芽吹き、風に揺れながら遠くへ広がっていくように、人の口から生まれた言葉もまた、人から人へ伝わり、誰かの心に残っていく。そんな意味が込められているという。「言」という字は、口から発する声や想いを表し「葉」は木々の葉を表す。
つまり“言葉”とは、自分の想いが葉のように広がっていくものなのかもしれない。私は、バスガイドという仕事は“言の葉”を紡ぐ仕事だと思っている。
観光地の歴史を説明するだけなら、今はパンフレットやスマートフォンでもできる時代だ。それでも、人の声で語られる案内には、その日の空気や景色やガイド自身の感情が乗る。そして私が、お客様に一番届けたいと思っているのは、「普段何気なく見ている景色を、少し違う視点で見てもらうこと」である。
毎日見慣れた高速道路の先にある山並みも、何気なく通り過ぎてしまう街並みも、その土地の歴史や人々の暮らしを知ることで、見え方が少し変わることがある。ただ目的地へ向かうだけではなく、「こんな見方があったんだ」と感じてもらえる瞬間を作ることこそが、私にとっての“案内”なのかもしれない。


