文/佐藤洋美
ノリックこと阿部典史は、プロフェッショナルライダーを夢見て、サーキット秋ヶ瀬で腕を磨き、アメリカ修行に飛び出した。史上最年少で全日本ロードレース選手権チャンピオンとなり、ロードレース世界選手権にデビュー、最高峰クラスのチャンピオンを目指した。
常に前を向き、顔を上げてライダー人生を切り開き、圧倒的オーラを放ち、くったくのない笑顔で、ファンの心を鷲掴みにした。
ノリックの幼少期から、サーキット秋ヶ瀬の仲間、全日本ロードレース、ロードレース世界選手権と、彼が懸命に生きたそれぞれの場所で、出会った人々が、彼との思い出を語った。
高校卒業後にレースデビュー
1988年国際A級昇格
1989年プライベートチームに所属しながらも全日本GP250チャンピオン獲得
1990年HRC入り
1991年GP250 V3達成
1993年WGP参戦開始
1997年WGP500ランキング2位
1999年同ランキング3位
2001年WSBK参戦
チーム監督としてWGP参戦後は、ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿のMoto校長を務める。
未来から来たライダーだったんじゃないか
今は世界を目指すプライベーターのためにホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿のMoto校長をやらせてもらっていて、若いライダーと接していると、受け答えや思考が自分たちの世代とは違っていると感じることがよくある。
すると時々「阿部と話しているんじゃないか?」と錯覚してしまう。天然でひょうひょうとしていて、今どきな感じがする。うまく表現できないけど、 奴は未来から来たライダーだったんじゃないかと……。だって、存在そのものが型破りだったでしょう。
阿部が出てきた当時は、自分はGP250のライダーだったので接点がなかった。それでも1994年の日本GPは強烈な印象として覚えている。1993年から伊藤真一がGP500に参戦を開始していて、その伊藤の前を走っていたから「何?」って感じだった。こっちはGP250で優勝して「次は伊藤だろ」と思っていたから。
それだけじゃなく、ケビン・シュワンツとトップ争いをしているんだから……。誰もが驚くでしょう。
阿部がWGPに参戦してきてからは、パドックで立ち話をしたりする、日本人ライダー同士という感じだった。そんなに突っ込んだ話をした記憶はないけど、ライダー仲間のひとりになった。阿部は伊藤をすごく慕っていて、ふたりはすごく仲が良いなと思っていた。
自分はGP250ライダーとして1993年にWGP参戦を開始して、1995年にアーロン・スライトと参戦した鈴鹿8耐で優勝。それを評価してもらい、1996年にはGP500にステップアップできた。が、育成のためにホンダが開発した2気筒のNSR500Vで戦っていて、ポールポジションは獲得したけど優勝には届かず、ランキング7位だった。
1999年のブラジルGPは今でも無念
それでも、1997年から4気筒のNSR500に乗れるようになって、2000年まで戦った。この時代に阿部とは同じクラスで走り、競ることも多くて、どっちも引かないから、ぶつかってコースに飛び出したりしたこともあった。
1996年の日本GPで阿部は勝っている。予選11番手、自分は5番手くらいで、この時はNSR500Vだったけど、鈴鹿はホームコースなので、他のサーキットよりは前に行けると思っていた。でも、自分は4位で表彰台に届かなかった。
印象的なのは1999年のブラジルGP。自分は予選5番手で、阿部は12番手。決勝の前半はケニー・ロバーツJr.とトップ争いをしていたが、中盤にかけて阿部が追い付いてきてバトルになった。ストレートで抜かれて、コーナーのブレーキングで追いついたけど、阿部のリアタイヤに自分のフロントタイヤが当たってコースアウト……。
コースには戻れたけど、トップ争いからは置いていかれた。でも阿部はそのままロバーツJr.に追いつき、最後はマックス・ビアッジとの一騎打ちに勝って優勝した。
2000年の日本GPでは、阿部は予選5番手、自分は8番手。決勝終盤にトップに出た阿部が勝ち、自分は青木宣篤との3番手争いをして3位になり、一緒に表彰台に上っている。
1997年はインドネシアGPで初優勝できて、ランキング2位だったが、自分の中では3勝できて、ランキングも3位だった1999年の方が
マシンにも慣れてきて、乗れていた時期だったように思う。だからこそ、ブラジルでの戦いが無念さもあって心に残っている。
ひらめきだけで勝てるなんてありえない
1999年のブラジルは、阿部は予選12番手。そこから勝てるなんて、ありえない。1996年の日本GPも、阿部は予選11番手から追い上げて勝っている。以前見たWGPのインタビューで、それができる理由を「ひらめき」と言っていた。ひらめいただけで、そんなことができるのかよって、今でも思う。
自分の前には、いつもミック・ドゥーハンがいて、速くて強い彼を負かすことを自分に課して戦っていた。精神的にも技術的にも、人間的にも追い越さなければならないライダーだと思っていた。でも阿部は、そういった目先のライバルじゃなくて、もっと先にある何かを追いかけていたような気がする。
阿部の走りを見ていると、すごく気持ちよく乗れているなと感じるときもあったけど、シフトダウンがガチャガチャと雑で、焦っているのか、気持ちだけが前に行っているなと、心の動きが伝わるようで面白かった。
総合的に見たら、自分が前のレースの方が多かったけど、阿部は、説明のつかない速さを持ち、独特のライディングフォームを持っていた。走りは、これまで見たライダーの中でもピカイチじゃないかと思う。はちゃめちゃだけど、何でも瞬時に乗りこなしてしまう何かを持っていたんだと思う。その何かを才能と呼ぶのかな。
高校を卒業してからレースを始めて、地道に努力してきた自分とは違うライダーだった。
阿部のようなライダーを天才と呼ぶのだと思う。

詳細はこちらのリンクよりご覧ください。
https://news.webike.net/raceinfo/578552/
【連載・ノリックが生きた日々】「勝てた理由が“ひらめき”だなんて、ありえない」ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿 Moto校長・岡田忠之さん
https://news.webike.net/raceinfo/578552/
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