1988年に本州と四国とを繋ぐ瀬戸大橋が開通して以降、橋の付け根近くに位置している倉敷市の児島とJR児島駅が、交通の要衝として四国への本州側の正門役を担ってきた。一方その瀬戸大橋が開通するより前の時代を振り返ってみると、児島から東へ20kmほど進んだ先にある、玉野市の宇野と宇野港に大きなスポットが当たる。
文・写真:中山修一
(バスマガジンWeb/ベストカーWeb内本文上とギャラリーに、宇野港にまつわる写真があります)
■交通の要・宇野港
瀬戸大橋の開通以前、本州〜四国の間を鉄道や車で移動する際には宇野港が最大級の玄関口となっていた。
なかでも宇野〜高松を結ぶ国鉄/JRの宇高連絡船が象徴的な存在で、宇野港の連絡船乗り場に直結していた国鉄/JRの宇野駅まで、東京発の夜行寝台特急「瀬戸」が足を延ばしていたのも懐かしい思い出だ。
宇高連絡船は鉄道利用者に特化した移動手段であり、マイカーやトラックなどと一緒に四国へ渡る際は、同じく宇野〜高松間を海路で繋いだ別会社のフェリーを選ぶのが一般的だったと伝わる。
フェリーのほうは数社が競争する形で24時間体制で運行しており、宇野港をとりまく航路事情は宇高連絡船含め、要衝の名に恥じない盛況を見せていた。
■直行便はなくなりました
瀬戸大橋が開業すると、それと引き換えに宇高連絡船が廃止。夜行列車の「瀬戸」は高松まで直通、四国各方面へと向かう長距離列車も岡山まで乗り入れるようになり、宇野は鉄道の要衝としての役割を終えた。
フェリーのほうは引き続き運航が続けられ、宇野〜高松間を船で直通可能なルート自体は長い間残されていた。
その後宇野港も作り変えられ、周辺の様子は往時の面影を残さないほど一新されたと考えて良さそうだ。子供の頃に宇高連絡船に乗った記憶を辿ると、連絡船があった時代は人の往来の激しさを感じる忙しい場所だった覚えがある。
年月が経ち2015年に宇野へ訪れた際、港こそ大きいままだけれども、空が広く静かな港へとすっかり印象が変わっていたのに驚かされた。
2015年当時はまだ宇野〜高松間の航路があり、船会社も船舶の姿形も異なれど30年ぶりくらいの宇高航路に、ついついノスタルジーを重ね合わせてしまった。
そんな宇高航路も2019年12月に休止となり、宇野〜高松間を船で直行することはもうできなくなった。
■今も船で渡れます
さらに年月を経た2026年7月に宇野港を再訪。JR宇野駅の駅舎壁面がビビッドなデザインに化粧直しされていたのを除けば、全体的な様子は2019年当時からそれほど変わっていないようだったが、目玉的な存在だった宇高航路がない現状を思うと一抹の寂しさだけはどうしても付いてきた。
ただし、ちょっとだけ小技を使うと、今も宇野港発着で本州〜四国を船で渡れる。瀬戸内海に浮かぶ「直島」を経由地に利用する方法だ。これを用いると……
【1】宇野港→(四国汽船 フェリーもしくは旅客船)→直島・宮浦港 15〜20分 370円
【2】直島・宮浦港→(四国汽船 フェリーもしくは高速旅客船)→高松港 フェリー60分/高速船30分 フェリー680円/高速船1,590円
……のルートで、往年の宇高航路の風を薄っすらと感じさせる、海路による本四移動が実現可能となっている。









