技術的ブレークスルーによって、クルマの製造工場でも、自動化・機械化がどんどん進む現代。複雑であり、高度な組み立て精度が求められるエンジンの組み立てにおいても、その工程の多くが自動化・機械化されている。
現代では、0.01ミリオーダーでの加工も、締め付けトルクの管理なども、飛躍的に性能向上したロボットによって、高精度で行うことができるため、高度な精度が求められるエンジンの組み立てであっても、すべての工程を人間がやる必要は、通常ならば、ない。
しかし、一部のクルマでは、今でも職人が手作業でエンジンを組み立てている。R35型のGT-Rのエンジン「VR38DETT型」もその一つだ。なぜ、これほどまでに技術が進んだ現代でも、手作業でエンジンを組み立てる必要があるのだろうか。
文:吉川賢一/写真:NISSAN
【画像ギャラリー】選ばれし熟練工『匠』の技 手組みエンジンが持つ意味
■なぜエンジンの手組が必要なのか?
エンジンを手組みで作り上げているメーカーは、意外と多い。R35GT-Rの他にも、フェラーリや、メルセデスAMG、そしてBMWのMも、エンジンは手組みによって製造されている。なぜ、手組が必要なのか? R35GT-Rのエンジンを組み立てる「匠」を例に、考えてみる。
R35型GT-Rがデビューしたのは今から13年前の2007年。デビュー当時は480psからスタートしたが、年々改良を重ねて磨き上げ、2014モデルのNISMOで遂に600psを達成した。
これらのエンジンはすべて、「匠」と呼ばれる限られた熟練工により、組み立てられている。しかも分業ではなく、一人の匠が一基のエンジンを、責任をもって完成させている。
「匠」は、日産社内でも、選び抜かれた、エンジン組立のエキスパートだ。「匠」の人数はわずかに5人。特別な資格というものはないが、「匠」になりたいと思って手を挙げても、簡単になれるものではない。少なくとも他のラインで10年以上の経験が必要で、その中から、選び抜かれる必要がある。
そして、念願のチームへ配属されてからも、5年は経験をしないと、「匠」とは呼ばれない。「匠の候補生」と呼ばれるだけなのだ。
候補生といえども、エンジンの組み立てに関してはエキスパートであり、作業工程を熟知し、他の匠の作業をトレースすることはできる。では、なぜ5年も経験を積んだのちでなければ、「匠」にはなれないのか。
それは、エンジンに対する情熱をもつことで、感覚を研ぎ澄ませ、そして、機械では測れないレベルの精度を、妥協せずに追求する精神力を養うため、だ。
■手組でないと出せない領域がある
R35GT-Rのエンジン組み立て作業は、年間を通じて、一定の温度、湿度に保たれたクリーンルームで行われる。
定温にするのは、熱や湿度による変形や膨脹に左右されることなく、エンジンをもっとも設計値に近い寸法で組み付けるためだ。二重扉で仕切られたクリーンルームは、外部からのチリやホコリを防ぐよう徹底されている。
新たに運び込まれた部品は、一定時間おいて、室温に慣らすことが義務つけられている、という徹底ぶりだ。
エンジンは、繊細な機械の塊だ。わずかなズレやゆがみでも、所望するパフォーマンスを発揮できなくなる。しかも、求められるばらつきの水準が、量産レベルをはるかに超えたところにあるスポーツモデルの場合、もはや機械だけでは、目標値を満たせなくなる。
例えば、シリンダーヘッドのバルブクリアランス調整作業では、匠は、通常の量産エンジンの半分のクリアランス(隙間)に収める。
ここが規格よりも広いと、エンジンのパワーがばらつく可能性があるためだ。その幅はわずか0.01ミリ。この幅に収まるように、匠は予備部品から選定し、エンジンへと組み付けていく。
ただ、ひとつひとつ部品を手で測って組んでいるわけではなく、最初は、他の量産エンジンと同様に、設備で自動計測し、最適なパーツの組み合わせを選び出している。
そのセットで一旦組み立てたのち、バルブクリアランスを測定し、量産レベルのクリアランス規格をクリアしていることを確認してから、微調整にかかる。組み上げると、荷重によるよじれで、どうしてもクリアランスがわずかに変化してしまう。そこを、人間の目で確かめながら、数字を追い込んでいく。
そして、規格に入らなければ、バルブリフターを交換し、クリアランスの精度をきっちりと揃える。通常、一度くみ上げたエンジンをバラして再度組み付けることは、ありえない作業だ。これを延々と繰り返す精神力が、匠には求められる。これこそが、「匠」による仕事であり、手組でなければ出せない領域だ。
匠は、部品の生産ロットが切り替わったタイミングすら、分かるという。そのわずかな変化を探知し、計測器の設定数値を微調節して、うまく収まるように調節もするという。
エンジン組立に関するノウハウだけでなく、計測機器の構造や、設備に対する知識も必要となる。万が一、計測器が故障をしまっても、何かがおかしいと気が付くような、繊細な感覚も持ち合わせる必要があるのだ。
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