トヨタを代表するスポーティモデルとして誕生するも、4代目からは前輪駆動のFFベースに転換したセリカ。
FRスポーツに比べると、スポーティモデルとしてのインパクトが弱いため、GT-FOURといったスポーツ4WDもラインナップしてWRCでも活躍したが、同時に4代目以降もセリカは魅力的なスタイルによってデザイン面では最後まで進化したモデルだった。
そんなFF化以降の、4代目~最後の7代目までのセリカをここでは振り返っていきたい。
文/島崎七生人
写真/TOYOTA
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■元祖スペシャルティカーは4代目からFFへ
セリカについてある一定以上の世代に訊くと「初代にはフルチョイスシステムがあったよね」「“LB”に憧れたなぁ」とか「2代目がマイナーチェンジした時の“名ばかりのGT達は、道をあける”のコピーとストーンズはインパクトがあったねぇ」といった答えが返ってくる。
日本の元祖スペシャルティカーであり、今と違って憧れの対象はやはりスポーティカーだった1970年代に生まれたセリカは、オジサンたちにとっては、浅田美代子やオリビア・ニュートン・ジョンに匹敵するアイドル級の存在だった。
そんなセリカだが、文法上厳密には“だった”と書かなければならないように、今となっては過去のクルマ。
ただし今年初め、アメリカでトヨタが“CELICA”の商標登録をし直したという情報もあり、もしも“復活”の動きがあるのなら、ここはぜひSUVで……とは言わず、イカしたスポーティカーとして再登板してほしいものだ……とも思う。
今回はそんなセリカのなかでも特に4世代目(T160型)以降のイカし具合にスポットを当ててみたい。4代目以降といえばピンと来る読者の方がほとんどだと思うが、3代目まで続いたFRから決別、FFがベースとなったのが1985年に登場したこの4代目から。
■FF化された4代目は流面形のスタイルで大人気に
その頃はちょうど、トヨタが主要ラインアップのFF化に舵を切り始めた時期で、4代目セリカは、同時デビューのあの初代カリーナED、事実上セリカのクーペ版だったコロナクーペとFFのプラットフォームを共用するモデルとして新たなスタートを切ることに。
(本当は語られ過ぎだから口が裂けても枕詞に書くのは気がすすまないのだが)「私をスキーに……」の映画にも登場した。
“流面形、発見さる。”と“面”だけゴシック体、あとは明朝体で表したコピーが目に飛び込んでくる当時のカタログをよく見ると“退屈な直線はすべて過去形で語られる”と過激な表現も見つかる。
ホイールフレア一体のフェンダー、角Rの大きなルーフエッジ、3次曲面のリアガラスなど要するに丸くスリークなフォルムが最大の売り。ピラーの細さによる全周視界のよさ(全周で313.5度)も特徴。
さらに1986年に登場したWRCでも4度の優勝を果たしたフルタイム4WDのGT-FOUR(後期型でビスカス式に)は、走りのポテンシャルの高さを世にアピールしたモデル。丸形フォグランプをフロントバンパーに組み込んだ専用のスタイリングが、今でもこの4代目のイメージリーダーとして印象に残る。
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