初代モデルから派生車多数! “ミニ”のバリエーション
ミニクーパーの愛称でもおなじみのミニ。1959年に初代モデルが登場し、当時としては珍しいFF方式の採用とコンパクトかつ合理的なデザイン、そしてなによりその愛くるしい姿でたちまち人気のモデルとなった。
現在はクラシックミニとも呼ばれる初代モデルは2ドアのコンパクトカーで登場。やがてピックアップトラックタイプも開発され、商用のバンも作られた。さらにはステーションワゴンタイプのカントリーマンやトラベラーといったモデルも販売されている。軍用車のモーク(1964年)もミニのコンポーネンツを利用したものだ。
公式車両だけでなく、ミニをベースにしたキットカーも多数製作された。そのバリエーションは数えきれないほどで、現行モデル(2001年)にバトンタッチするまで、100種類を超える派生モデルが誕生したとも言われている。
2001年には新たにミニの販売権を取得したBMWから新世代のモデルがリリースされた。オリジナルよりも大型化したため“ミニ”の印象からやや遠ざかったものの、全体的なフォルムは初代を継承する新世代ミニも2013年には3代目が登場。この3代目も3ドア、5ドア、クラブマン、カブリオレ、クロスオーバー(カントリーマン)など、多数の派生モデルが存在している。
多チャンネル化が生んだ多数の派生モデル。「クロノスの悲劇」とは?
最後は派生モデルの多さと言うより、その数奇な運命で当時を知る人に印象を残しているクルマを紹介したい。
1989年、マツダは販売店を多チャンネル化する戦略を開始した。この戦略によって「マツダ」「アンフィニ」「ユーノス」「オートザム」「オートラマ」の5チャンネル(ディーラー)が展開され、自社の販売力強化を狙った。その多チャンネル化の象徴となったのが、マツダ店からクロノスの名称で発売された4ドアセダンだ。
クロノスは、それまでのカペラに代わるモデルとして開発されたミドルクラスセダンで、新たなプラットフォームを採用して1991年に登場した。カペラの名称を引き継がなかったのは、このクロノスから3ナンバーサイズになったため。クロノス自体は言ってみればごく普通のセダンであり、競合車に対して特に見劣りすることもなかったのだが、後述する派生車の登場が混乱を招く結果になった。
マツダは5チャンネル各店で販売する車種を揃えるため、クロノスの兄弟車を製造して各チャンネルに割り振ることを決定した。マツダ店ではクロノスと2ドアクーペのMX-6を、アンフィニ店はMS-6とMS-8を販売。さらにユーノス店向けにユーノス500を、オートザム店にはクレフとフォードブランドのテルスター、オートラマ店にはフォード テルスターTX5とフォード プローブを用意した。
先にあげたモデルはすべてクロノスをベースにした派生モデルなのだが、同じようなクルマが異なる店舗で販売されることが混乱を招き、お互いが足を引っ張り合う状態になってしまった。これでは販売台数が伸びるわけもなく、クロノス兄弟の売り上げは悲惨な結果に終わる。結局クロノスの知名度を上げることもかなわず、クロノスの販売不振はマツダの経営危機を招く一因にもなった。
これがいわゆるクロノスの悲劇だが、クロノス自体は決して出来の悪いクルマではなく、販売戦略ミスの犠牲者とも言える。つまり「クロノスの悲劇」よりも「悲劇のクロノス」と呼ぶほうがふさわしいとも言える。
自動車メーカーのグループ化が進む現在、プラットフォームを共有する派生モデルが増えることも予想される。しかし、それはひとつの優れたモデルをベースに派生していくのではなく、初めからバリエーション展開が計画されたものである。そういう意味では、クルマ好きにとって、新規の派生モデルを追うより、過去の派生モデルをチェックするほうが楽しいかもしれない。
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