国産セダンに足りないのは装備でもパワーでもない
つまりショーファードリブンと呼ばれる最高級車だけの話ではない。普通の乗用セダンでも「後席に人を乗せる」ということを商品価値として真剣に考えている。国産セダンに足りないものは何かと聞かれたら、装備でもパワーでもないと思う。パッセンジャーを中心にクルマを見る視点と言えるのではないだろうか。
日本車は世界でもトップクラスの品質を持っているし、ハイブリッド技術による燃費性能も優れている。シャシー性能も大きく進化した。しかしセダンになると、どこか「運転する人のためのクルマ」という考え方から抜け出せていない。
ドライバーズカーとしていいクルマを作れば後席の人にとってもいいクルマになるとは限らない。ドライバーには気持ちいいヨーの立ち上がりが後席では落ち着きのなさになることもある。スポーティに感じる硬いダンピングが、後席では突き上げになることもある。
アクセルレスポンスのよささえパッセンジャーにとっては前後Gの変化として不快になる場合がある。クルマの評価軸は、座る場所によって変わるのである。
セダンは本当に時代遅れなのか? 電動化時代だからこそ光る合理性
国産セダンは今でもドライバーズカー。後席はおまけ。欧州はパッセンジャーも重要視している。これは大陸と島国の差でもある。この違いを考えていくと日本でセダンが衰退した理由のひとつも見えてくる。後席を重要視する人はミニバンへ行き、走りを求める人はSUVやスポーツモデルへ行ってしまった。結果としてセダンの居場所がなくなった。
だがセダンというパッケージが時代遅れになったわけではない。むしろ電動化が進み、静粛性や空力性能、エネルギー効率がこれまで以上に重要になる時代だからこそ、低く、空気抵抗が少なく、姿勢変化を抑えやすいセダンの合理性は再評価されてもいい。
そのとき必要なのはドライバーズカーとしての性能だけではない。運転してよし、乗せてもよし。その両方を高い次元で成立させること。それこそが、かつて日本に数多く存在したセダンがもう一度取り戻すべき価値の基準となるのではないだろうか。
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