■ハイテク安全装備ありきでデザインを優先したクルマの外観
しかしこれらの安全装備の装着義務化は、副次的な対策に過ぎない。一番の問題点は、後方視界の悪いクルマが急増したことにあるからだ。
1990年頃までは、右側のサイドウィンドウを降ろし、ドアに肘を乗せながら運転している姿を見かけた。これは誤った運転方法だが、当時の乗用車のサイドウィンドウの下端は、肘を乗せられるほど低かった。
しかも当時はボディスタイルも水平基調だから、一部の2ドアクーペやハードトップに例外があったものの、基本的に斜め後方や真後ろの視界も優れていた。ボディの大きさは、大半が5ナンバーサイズだから、死角はさらに少なかった。
そのために車庫入れなどの後退をする時は、助手席の背もたれに手を掛けて後ろを振り返った。途中で右側のサイドウィンドウから顔を出して下側を確認すれば、パーキングスペースに引かれた白線も確認しやすい。それでも後退時の事故はあったが、モニターや音波センサーがなくても不安を感じるほどではなかった。
ところが今のクルマは、全般的に視界が悪い。軽自動車や一部のコンパクトカーを除くと、サイドウィンドウの下端が高いために、肘を掛けることはできない。しかもサイドウィンドウの下端を後ろに向けて持ち上げたウェッジシェイプのデザインが多いから、斜め後方や真後ろが一層見にくい。助手席の背もたれに手を掛けて後ろを振り返っても、ウィンドウが狭く何も見えない。
全幅のワイドな3ナンバー車が増えたこともあり、特に左側面の死角が拡大した。売れ筋のカテゴリーがSUVやミニバンになったことも、視界ではマイナスだ。着座位置と併せて視線も高くなり、遠方の様子はわかりやすいが、ボディの左側や真後ろの死角はむしろ広がった。
以上のように今日のクルマでは、ボディスタイル/ボディサイズ/視線の高さという3つの要素が、すべて視界を悪化させる危険な方向へ発展している。新車を試乗した時も「こんなクルマを開発して、本当に安全のことを考えているのか?」と感じることが多い。
この疑問を開発者やデザイナーに尋ねると「水平基調にすれば、外観が落ち着いて躍動感が乏しくなる」といった返答をされるが、クルマが移動のツールである以上、優れた視界や取りまわし性は最優先すべき機能だ。
そこを妥協せずに満足させたうえで、外観をカッコよく仕上げるのが工業デザインのあるべき姿だろう。
■見失ってはいけない「本質的に安全なクルマづくり」を考察する
そしていかに優れたモニターも、後方を振り返って得られる直接視界に勝るものではない。冒頭で触れた国土交通省による車両後方の確認範囲は、左右方向が車幅とされる。この範囲が見えただけでは、左右方向から接近する自転車などを見落とす。後方を映すモニターカメラの視野角度は、ドライバーの直接視界に比べれば狭いのだ。
従って後退は後方を振り返って行い、死角を補うモニターも、振り返った状態で確認できなければならない。それなのにバックモニターの画面は、インパネやルームミラーに装着される。前を向きながら後退することになって危険が伴う。本当であれば、ドライバーが後ろを振り返った時にも見えるよう、天井からせり出すようなモニター画面が必要だ。
ちなみに側方や後方の見にくいクルマでは、気分的にも車両の周囲に向けた関心が下がりやすい。前方に突き進む意識が強まり、周囲への気配りの伴う優しい運転がしにくくなる。
以上のように視界の問題を置き去りにして、モニター画面や音波センサーの義務化を論じるのは、シートベルトを装着しないでエアバッグの安全性を追求するようなものだ。
視界を安全の観点から取り上げるのは素晴らしいことなので、ボディスタイル/ボディサイズ/視線の高さについても考えて欲しい。視界の要件こそ見直しが必要だ。
そして読者の皆さんがクルマを購入される時も、販売店の試乗車を使って、車庫入れや縦列駐車を試していただきたい。モニター画面に頼らず、安心して後退できるだろうか。
モニターや音波センサーなどの装備も大切だが、本質的に安全なクルマづくりを見失うと、安全性を高めることはできない。
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