日本橋の景観はいったいどうなる?「首都高都心環状線地下化で失われるもの」

 東京・日本橋の上を通る首都高都心環状線を地下に移す工事が進んでいるが、地下ルートの開通は2035年、全面撤去は2040年の予定となっている。高架橋の撤去で日本橋の景観は一変する予定なのだが、難工事などの課題もいろいろ待ち受けている。

 区間のほとんどが日本橋川を覆う高架橋で、日本橋周辺の景観問題はたびたび指摘されてきた。都心環状線地下化について、今後の見通しを清水草一氏が分析する。
文/清水草一
写真/清水草一、首都高速道路株式会社

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■首都高地下化の費用は3200億円! と今は言われているが……

 首都高都心環状線(C1)日本橋付近の地下化工事が始まっている。まずは付近の出入口の連絡路を撤去するため、今年5月に江戸橋および呉服橋出入口が閉鎖された。今後、開削トンネル工事、シールドトンネル工事と進み、地下化された道路が開通するのは2035年度、現在の高架部の撤去が終了するのは2040年度の予定だから、気が遠くなるような話ではある。

 もともとこの付近は、C1でも最も交通量が多く、そのぶん老朽化も激しいため、大規模更新、つまり作り直し工事が行われることが決定していた。ただ、当初の予定は現状と同じ高架構造。費用は1412億円とされていた。

日本橋の上を通り抜ける都心環状線。ここにとっての今はこの風景
日本橋の上を通り抜ける都心環状線。ここにとっての今はこの風景

 一方、地下化の費用は、3200億円だ。この工事、約5000億円という試算もあったが、現在ある八重洲線のトンネルを一部転用するなどの工夫により、大幅に圧縮されている。それでも当初の予定の約2倍半もかかってしまう。

 このうち2400億円を首都高速道路株式会社が負担し、400億円を東京都と千代田区が、残り400億円を、地下化に伴う日本橋地区の再開発に参加する事業者(民間企業)が負担する形になる。

■首都高地下化「イケてない」説

 いったん消えたはずの地下化が、逆転で実現することになったのは、小池百合子東京都知事の意向が大きく影響しているのだろう。

 小池都知事は17年7月、首都高の日本橋付近について、「歴史とか文化とかを無視した形で、利便性のみを追求してきた、今までのインフラの悪しきモデルとまで言ってはあれですが、私としては『イケてない』モデル。100年後にも誇れる東京の姿を未来に残していきたい」と述べ、地下化へと舵を切らせた。

「イケてない」と感じるのは個人の自由だが、「冗談じゃない、イケてるよ!」と感じる者もいる。私はそのひとりである。

日本橋の途中からパシャリ。建物を避けて街中を通すため、川の上を縫うように高速道が走っている。そういえば2020東京五輪、試算がいくらで実際どれだけかかったのだろうか?
日本橋の途中からパシャリ。建物を避けて街中を通すため、川の上を縫うように高速道が走っている。そういえば2020東京五輪、試算がいくらで実際どれだけかかったのだろうか?

 また、首都高日本橋付近の地下化に関して、「周辺の再開発とセットで行えば、費用を民間から調達できる」といった説がまことしやかに唱えられていた時期もあったが、それは真っ赤な嘘で、今回の場合、全体のわずか8分の1にとどまっている。地上の道路を地下移設するのは、莫大な費用がかかる事業。市場経済原理に照らせば、まずペイしないのだ。

■日本橋付近を地下化しても実用上のメリットが薄い!

 合計1兆5000億円かかった山手トンネル(首都高C2)は、劇的な渋滞緩和効果があったため、長期的に見れば充分ペイする事業だが、日本橋付近の地下化には、渋滞緩和効果がほとんどない。車線数は現在と同じ(2+2)だし、勾配とトンネルはともにサグ(くぼ地)効果を生むので、渋滞が悪化することもありうる。

 首都高は、「路肩の広さが現在の0.5mから1.25mに広がって走行性が向上する」と謳っているが、差し引きトントンがいいところではないか?

事業概要によると首都高C1地下化により、「路肩の広さが現在の0.5mから1.25mに広がって走行性が向上する」という
事業概要によると首都高C1地下化により、「路肩の広さが現在の0.5mから1.25mに広がって走行性が向上する」という

 また、江戸橋JCTを通過する交通量が減少することで、箱崎JCTを先頭にした最大渋滞長が現在の3.0kmから1.5kmに短縮されるとも試算しているが、これは、山手トンネルの効果に比べたら、ミクロのレベルである。

 となると結局、日本橋付近の地下化による最大の効果は、「景観の向上」ということになるが、前述のように、これが最も疑わしい。現状の景観が醜く、首都高がなくなれば美しくなるという、小池都知事の認識は正しいのだろうか。

■首都高は世界に誇る都市景観だ!

 例えば、「東京タワーがなくなれば、芝公園の景観がよくなる」という人がいるだろうか。首都高は、見方によっては、東京タワーにも匹敵する東京を代表する景観のひとつ。それがまったく理解されていない(美醜の判定に正解はないですが……)。

 パリにエッフェル塔が建設された当時、その景観を醜いと嫌う文化人が多数おり、モーパッサンは「パリで塔が見えないのは、この場所だけだ」と、しばしばエッフェル塔のレストランで昼食をとったというが、現在は、パリを象徴する景観になっている。美意識は常に変遷するものなのだ。

明治・大正における日本の作家たちに大きな影響を与えたとされるモーパッサンはパリのエッフェル塔を毛嫌いしていたという。1964東京五輪に向けて作られた首都高、同じく毛嫌いするだろうか
明治・大正における日本の作家たちに大きな影響を与えたとされるモーパッサンはパリのエッフェル塔を毛嫌いしていたという。1964東京五輪に向けて作られた首都高、同じく毛嫌いするだろうか

 首都高は、東京タワーと同じく、戦後日本の高度成長期の突貫工事の象徴である。絶望的な交通渋滞を緩和するため、そして64年開催の東京オリンピックに間に合わせるため、首都のすき間に無理矢理クネクネと高架道路を通した、このグランドデザインなき都市計画こそ、昭和のダイナミズム。この猥雑さこそ東京が世界に誇る都市景観だ。つまり首都高は、我々日本人の歴史的建築遺産なのである。

■失われるもの

 首都高は決してダサくない。ダサいどころか超クールである。まさにレトロなSF映画の世界。都心環状線など、建設から半世紀以上を経過した古い路線ほど、クールさに満ちている。

 それを地下に隠し、明治日本が西洋に倣って建設した石の橋(日本橋)を麗々しく青空の下に復活させて喜ぶのは、感覚があまりにも古典的すぎないか?

 日本橋地下化の完成予想図を見ると、20年後の日本橋付近は、どこかで見たような心地よくも人工的な、なんの深みもない水辺空間になるらしい。

首都高速の地下化Before/ After。この高速道路が→
首都高速の地下化Before/ After。この高速道路が→
こうなるという。昭和バイタリティの象徴ともいうべき光景が失われ、クリーンな都市風景に
こうなるという。昭和バイタリティの象徴ともいうべき光景が失われ、クリーンな都市風景に

 一方、日本橋に隣接する首都高江戸橋JCTの俯瞰写真は、今でも日本および東京を代表する景観としてよく紹介される。今後再開発された日本橋がそうなることは、決してないだろう。

 私は今年3月、自らのフェラーリ(328GTS)で、早朝の日本橋に行ってみた。

西洋から学べと造られた日本橋。追いつけ追い越せと造られた首都高。そして西洋的な美的感覚が結集された328GTSのコラボレーション。これが時代を超えて調和する
西洋から学べと造られた日本橋。追いつけ追い越せと造られた首都高。そして西洋的な美的感覚が結集された328GTSのコラボレーション。これが時代を超えて調和する

 それは、想像したよりもはるかに美しい光景だった。フェラーリがたたずむ日本橋は、上空の首都高の造形美と照明によって、宮殿のエントランスのように見えた。

 この景観が失われるのは実に惜しい。

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