トヨタが崩せなかった牙城 4選 “後出し”も通用せず!?

日本一の自動車メーカー、トヨタといえば「他社で大成功したクルマに近いモデルを後から出し、その市場をゴッソリいただく」という戦略で次々にライバルを倒してきた。サニーに対するカローラ、ストリームに対するウィッシュ然り、ライバルはことごとく敗れ去っていった。

しかし、“後出しジャンケン”でも先発車の牙城を崩せずに消えていったトヨタ車も少なくない。本稿では、トヨタが鳴り物入りでデビューさせながら散っていった4台のモデルにスポットを当てる。この4台はなぜライバルの牙城を崩せなかったのだろうか。

文:永田恵一
写真:編集部、TOYOTA


打倒レガシィを狙ったカルディナ

最終型となってしまった3代目カルディナ。2002年から2007年まで販売され、2Lターボ(260ps)に4WDを組み合わせたGT-FOURも設定された

トヨタは長年ステーションワゴンにも熱心なメーカーで、以前からクラウンやマークII、カローラといった主力車種にステーションワゴンを設定していた。

しかし、日本では乗用ステーションワゴンがありながら商用バンの設定があるモデルも多く、業務用のイメージが強かったせいか、年号が平成になるまで成功例はほとんどなかった。

その流れに風穴を開けたのが1989年登場の初代レガシィツーリングワゴンであった。

レガシィツーリングワゴン(TW)は、スバルも長年ステーションワゴンを作り続けていた経験、商用バンの設定がなかったことやスポーツグレード「GT」の存在、カッコよさを理由に「ステーションワゴン=レガシィかボルボ」というほどのブランドイメージを確立した。

レガシィTWの牙城を崩すべく、1992年に登場したのが初代カルディナだったのだが、商用バンもあるというイメージや全体的にレガシィに勝る面がなく、レガシィTWには遠く及ばなかった。

1997年登場の2代目ではレガシィTWのGTに対抗するターボエンジン搭載の「GT-T」を設定し、2002年登場の3代目も2代目を正常進化させたのだが、状況はさほど変わらず。

残念ながらカルディナは英国から輸入されるアベンシスに役割を引き継ぐような形で2007年に姿を消し、結局現在トヨタの国内向けステーションワゴンは、実用的なカローラフィールダーとプリウスαだけとなってしまった。

ロードスターに勝てなかったMR-S

MR2から一転、NAエンジン搭載の軽量オープンとして1999年に発売されたMR-S。オーソドックスなFRのロードスターに対し、駆動方式は車名のとおりミドシップだった

1989年登場に登場したユーノスロードスターは、2人乗りのライトウェイトオープンスポーツカーというジャンルを再び開拓し、世界中に大きな影響を与えた。

ロードスターが2代目のNB型だった1999年、トヨタはミドルサイズのミッドシップスポーツカーMR2の後継車となるMR-Sを、ロードスターのように1.8Lの実用エンジンを積む2人乗りのライトウエイトオープンスポーツカーとしてリリースした。

MR-Sは、MR2時代から続くFF車用のエンジン横置きミッドシップということもあり、ロードスターの二番煎じ感もなく、官能的なエンジンではないものの燃費も良好。

ハンドリングもミッドシップながら安心感が高く、ローコストで乗れる楽しいスポーツカーではあった。

しかし、MR-Sはロードスターのような成功は収められず2007年に絶版となり、その後トヨタの量産スポーツカーは2012年発売の86まで空白となってしまった。

MR-Sが成功しなかった理由としては、楽しいクルマながらロードスターほどのブランドイメージを作れなかったことや、2人乗りとして考えても荷物が載らず(荷物はシートの後ろにボストンバッグが2つ入る程度)、サーキットなどに行くときも含め、実用性があまりなかったことが浮かぶ。

チェイサー、セリカも崩せなかったスカイラインの牙城

「名ばかりのGT達は、道を開ける」というスカイラインを強烈に意識したキャッチコピーとともにデビューした2代目セリカのGT(写真は3ドアリフトバック)

スカイラインは、3代目・通称ハコスカのGT-Rといったモータースポーツでの活躍によるブランドイメージの高さや、標準モデルでは実用性とスポーツ性の見事なバランスを理由に、6代目モデルあたりまでは日本を代表する孤高のスポーツセダン/クーペであった。

当然スカイラインの人気を崩すべく、トヨタもマークIIに兄弟車としてスポーティなチェイサーを加えたり、スカイラインが5代目(通称ジャパン)だった頃にツインカムエンジンを搭載した2代目セリカを投入。

同車は「名ばかりのGT達は、道を開ける」というキャッチコピーでスカイラインを挑発するものの、スカイラインもターボエンジンで対抗。過去の名声もありスカイラインの牙城をなかなか崩せなかった。

スカイラインは1981年登場の6代目までは2L 4気筒のスポーツエンジンを積むRS系の存在で踏ん張ったものの、1985年登場の7代目モデルではソアラなど当時“ハイソカー”と呼ばれた軟派で豪華なクルマに惑わされ、日産にはローレルがあるにも関わらず自滅するようにマークII的なクルマになってしまった。

7代目スカイラインは低迷するが、1989年登場の8代目(R32)ではGT-Rの復活やモータースポーツでの活躍も後押しし、スカイラインらしさが復活。再びマークⅡ三兄弟とはまったく性格の違う孤高の存在となった。

しかし、その後スカイラインはマークII三兄弟のスポーツモデル“ツアラーV”の猛攻により低迷。

また、V6エンジン+フロントミッドシップへ移行し、世界戦略車として脚光を浴びながら、コンセプトの変化や浮き沈みの激しいクルマとなっている。

オデッセイに挑み一代で散ったマークXジオ

マークXブランドを使うところからも気合が感じられたマークXジオ。ターゲットのオデッセイともどもカテゴリー自体が沈下するというトヨタには珍しい失敗例となった

オデッセイは2003年登場の3代目モデルで、7人がきちんと乗れる室内スペースを維持しながら、全高を立体駐車場に入る1550mmまで下げるという技術革新を行い、登場から2年ほどはミドルクラスのステーションワゴンの市場を奪うほどの成功を収めた。

その3代目オデッセイに近いコンセプトで2007年に登場したのがマークXジオである。

一部で「トヨッセイ」と揶揄されるほど3代目オデッセイに影響を受けたマークXジオは、乗ればなかなか良いクルマながら、サードシートの狭さやイモムシのように決定的にカッコ悪かったデザインに加え、この種のミニバンに対する需要の減少で、アドバンテージがなく、“クルマが良くても需要がなければトヨタでも売れない”という見本になってしまった。

◆  ◆  ◆

 ここまで紹介したモデルは、トヨタにとって数少ない失敗例だ。あのトヨタが“後出しジャンケン”をしても時期やコンセプトが良くなければ勝てないこともある。

ライバル車から見れば、それは自車のブランド価値を大いに高めた出来事であったに違いない。

最新号

ベストカー最新号

【祝・創刊1000号!!】日本の新車SCOOPモーターショー開催|ベストカー9月10号

 ベストカーの最新刊が本日発売!   1978年1月に創刊号を発行し、1985年7月26日号から月2回刊に移行。自動車雑誌「ベストカー」は、本日発売の9月10日号で創刊1000号を迎えました。  1000号までお付き合いくださった皆さまには…

カタログ