■大統領専用車は注目の「珍車」
が、本作で注目すべき車はそれではない。パトニーに嫌がらせを続ける大統領の車が、何と言っても珍品なのである。
ベースとなっているのは、1959年製のクライスラーのクラウン・インペリアル・リムジン。
このロングホイールベース車をわざわざイタリアに送り、有名なボディデザインスタジオ、カロッツェリア・ギアにカスタマイズを依頼。後部座席の上に、取り外し可能なバブルキャノピーを付けたデザインに仕上げた、超レアなカスタマイズ・カーなのだ。
実のところこのリムジン、1959年、英国のエリザベス2世のカナダでのロイヤルツアーに使用されたものだという。後部座席が透明のドームになっているので観衆はおそらく、エリザベス女王の手を振る姿が見られたのだと思う。本作では小人症の大統領が悪態をつく姿なのだが。
また、このロイヤルカーのお値段は当時で5万ドル、2022年の物価で換算すると48万5000ドルなので、日本円でおよそ6500万円になる。2016年にはクウェートの博物館に陳列されていたと聞くが、今はどうなっているんだろうか。
もう一台の高級車が、白人の男性を運転手に、カストロのようなコスチューム&葉巻のパトニーが乗り込む社長車。こちらは、1929年製のロールスロイス・ファントムIのセダンカブリオレで、とても美しい。
そんな由緒正しき車が2台も、製作費25万ドル(現在の値段に換算するとおよそ190万ドルになり、かなりの低予算には違いない)の低予算カルトムービーになぜ登場したのかは、ミステリーなのだが……。
もうひとつ、車ではないが気になる乗り物が冒頭に登場するヘリコプター。これはベル47J-2レンジャーなのだが、このモデルは米大統領が最初に使用したエグゼクティブなヘリ。もしかしたら、こういうさりげないチョイスにもダウニーの皮肉が隠されているのかもしれない。
●解説●
ニューヨークの有名広告代理店の社長が会議の最中に急死した。次期社長となったのは投票で選ばれた黒人のパトニー・スウォープ。取締役の唯一の黒人だ。そんな彼はまず会社名を変え、社員を全員黒人に代え、CMも黒人中心に変える。それはなぜか大ヒットするが、そういう彼に米国の大統領、ミミオが目をつける。
監督・脚本・製作のロバート・ダウニーは1960、1970年代のアンダーグラウンドで活躍した異端の映画人。2021年、85歳でこの世を去った。ハリウッドのトップスターになったロバート・ダウニーJr.は彼の息子で、5歳のときに父親の映画『Pound』(1970)で役者デビューを飾っている。
ちなみにダウニーJr.は、ドラッグ問題で何度も逮捕されているが、その原因になったのは、8歳のときに父親からマリファナを与えられ常用していたからだとか。映画同様、ぶっ飛んだ父親だったようだ。
日本で劇場公開されたダウニーの監督作はアリッサ・ミラノ主演の『ヒューゴ・プール』(1997)くらいだが、その手の映画好きには今でも人気が高く、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)等で知られるオスカーの常連監督ポール・トーマス・アンダーソンは、自作である『ブギ―ナイツ』(1997)や『マグノリア』(1999)等に彼を役者として出演させている。
また、先日公開されたばかりの最新作『リコリス・ピザ』は、ダウニーに捧げているほどだ。
本作が改めて注目を浴びることになったのは、2016年、ナショナル・フィルム・レジストリに選出されたから。これは米国の国立フィルム保存委員会が、半永久的な保存を推奨している作品リストのことで、名作や傑作、話題作が数多くアップされている。
このコラムで紹介した『ブリット』(1968)、『フレンチ・コネクション』(1971)を始め『ブレードランナー』(1982)や『2001年宇宙の旅』(1968)等が並び、そこに本作も加わったことになる。
復元したのはマーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファンデーションとアカデミーフィルムアーカイブ。そこにジョージ・ルーカスも出資して、こうやって日本でも公開される運びになったのだ。
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『パトニー・スウォープ』
7月22日(金)渋谷ホワイトシネクイントにて公開
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