「クラウン」の立ち位置を変えた!? 勢力図大きく変えた「セルシオ」誕生と影響力


 先日のクラウン・ワールドプレミアで、クラウンの歴史を語っていた豊田章男社長の口から「セルシオ」のワードが飛び出した。それは9代目から15代目クラウンについて語る冒頭、クラウンの苦難の時代を語り出した直後である。

「まず、トヨタにおけるクラウンの位置づけが変わります。1989年、トヨタは、レクサスの最上級車LSを、セルシオとして日本にも導入いたしました。いつかはクラウン。その立ち位置が変わるという大きな転換点を迎えます」

 これが発言箇所の全文である。トヨタの看板を背負い、先陣を切って戦っていたクラウンの位置づけを一瞬で変化させたセルシオとは、どんなクルマだったのだろうか。セルシオが日本の高級車、そしてレクサスLSとして世界の高級車に与えた影響を考えていく。

文/佐々木亘、写真/TOYOTA、奥隅圭之、ベストカーWeb編集部

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シャンパンタワーの衝撃! セルシオの誕生

1989年にデビューした初代セルシオ。快適な乗り心地と静粛性の高さなどが評価され、大ヒットを記録。1994年秋にモデルチェンジするまでに累計11万5000台超が販売された

 1989年、レクサスの最上級車として北米市場に導入されたLS。当時アメリカで流されたCMは、ボンネットの上に5段のシャンパンタワーを作り、シャシーダイナモの上で時速140マイル(約230キロ)以上を出しても、シャンパンタワーが崩れず、中身もこぼれないという印象的なものだった。

 世界中の名だたるプレミアムセダンと勝負するために、LSは「世界で最も振動が少なく、静かなクルマ」となったのだ。

 北米でのLS登場と同年、国内がバブル景気で盛り上がり、シーマ現象などと呼ばれる高級車マーケット拡大の最中、セルシオは日本国内に導入される。現在の楕円形が組み合わされたトヨタのコーポレートアイデンティティー(CI)が用いられたのも、このセルシオが初めてだ。

 これまでとは全く違う「新しいトヨタが走りはじめます」と銘打ったCM。セルシオの高性能・高品質・高精度を実現するために、全周10kmにも及ぶ、時速250km以上で走行できるテストコースを、北海道の士別に用意し、セルシオの開発には万全な体制が敷かれている。

 全長が5mに迫り、心臓部には4000ccのV8エンジンが搭載された。セルシオの肝となるサスペンションには前後ともダブルウィッシュボーン式が採用され、一部グレードではエアサスが用意されている。

 セルシオはトヨタが世界的企業となる礎を作り、日本の自動車ユーザーに対して、世界レベルの自動車技術を知らしめたクルマの一つであろう。

セルシオが日本の高級車に与えた影響とは何か?

 セルシオにはA・B・C、3つのグレードが存在した。A・B仕様はオーナードライバー向けであり、足回りにはコイルサスペンションを用いる。B仕様にだけピエゾTEMSという世界初の電子制御サスペンションが装備された。最上級のCはショーファーカーとしての立ち位置を取ったエアサス仕様だ。

 クラウンはオーナードライバーの存在を中心に考えたクルマ作りをしている。その上級仕様であるセルシオでも、A・Bグレードのオーナードライバー向けが量販モデルとなると予想していたが、人気の中心は最上級のCとなった。

 セルシオのほとんどがショーファーカーとして使用されていたわけではない。多くはオーナードライバーへ向けて販売されている。それでもショーファードリブンではない使用方法で、オーナーたちは最高であり最上級であるセルシオを求めたのだ。

 これを機に、日本の高級車づくりは変わったと思う。運転していて楽しい、後席に乗って快適、という一見すると相反するような要素を、同時に成立させるクルマ作りを目指すようになった。

 レクサスでは、こうした相反する価値を同時に叶えることを二律双生(にりつそうせい)というが、こうした全部取りをし、それぞれを高次元で実現する手法が、セルシオによって、日本市場へ広げられたのではないだろうか。

次ページは : 新型クラウンに継承されたセルシオの価値観

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