「技術の日産」は死なず!! ゴーン体制以降も続く伝統 日産の技術革新を振り返る

 「技術の日産」というキーワードは多くのクルマ好きにとって胸に響くものだろう。モータースポーツで裏付けられた高性能や、最近ではEVなど環境技術の印象も強い。

 元はと言えばプリンス自動車の合併などで多くの優秀な技術者を擁し、画期的な変革を自動車界にもたらしてきた日産。だが1999年のゴーン体制以降はそんな「技術の日産」というイメージは消費者には薄まっていたかもしれない。

 そうは言っても2018年の可変圧縮比エンジンの登場など冷静に考えれば「技術の日産」は未だ死なず、ではないだろうか。日産の技術革新の過去と現在を振り返ります。

文:永田恵一/写真:ベストカー、日産


■日本初のターボ車など日産は技術で成長した

 年季の入ったクルマ好きには「技術の日産」というフレーズが頭に残っている方も多いだろう。

 特に1980年代までは1970年代の”電子制御+触媒”という世界のスタンダードとなった排ガスのクリーン化技術。

 さらには日本初のターボエンジン、1980年代には日本初のV6エンジン、第二世代スカイラインGT-Rの「必要な時だけ4WDとなり、旋回性能とトラクションを両立する」というアテーサE-TS。

1979年に日産はセドリック/グロリアに日本初のターボエンジンを採用。今では当たり前のターボもこの時代に搭載したことは大きな衝撃だった

 もっと突き詰めるとトリプルビスカス4WDといった四輪駆動技術など、クルマ好きは日産車にワクワクしたものである。

 しかし、1990年代になり日産が低迷期に入った後ゴーン体制になると、経営はV字回復したものの「技術の日産」のイメージが薄れたのは否めない。

 だが、ゴーン体制となった1999年以降も思い出してみると浮き沈みはあったものの、日産らしい技術というのもそれなりにあり、当記事では「技術の日産は健在なのか?」を例を挙げながら考察する。

■エクストロイドCVTという商業的には失敗した技術遺産

 プーリーとベルトを使うことで無段変速を実現したCVTはシームレスな加速や低負荷時の効率の良さにより、現代では2ペダルミッションの柱の1つとなっている。

 しかしCVTは、20年ほど前までベルトを使うこともあり大トルクには耐えられず、組み合わせられるのは2LNAエンジンあたりが上限と言われていた。

 その常識を覆したのが1999年登場のY34セドリック&グロリアにエクストロイドCVTの名で搭載されたトロイダルCVTである。

V35スカイライン自体も日産にとっては大きな挑戦となった。ファンからはあれこれ言われてしまったのも事実だが、FMプラットフォームがなければ日産の回復はなかっただろう

 トロイダルCVTは大きくはディスクとローラーで構成され、効率が高く大トルクにも耐えられるという理論的には素晴らしいものだった。

 しかし超高度な精度と制御が要求されるため、技術としては20世紀初頭からあったものの、実用化には至らなかった。

 日産はそのトロイダルCVTをNSK、出光興産、ジヤトコとの共同開発により約20年という時間を掛け、最大トルク約40kgmという3L V6ターボと組み合わせ市販化にこぎ着けた。

 そのフィーリングはCVTらしくスムースかつ6速MTモードを使えば高いスポーツ性も楽しめる上に、燃費も当時の10.15モードで同じエンジンを搭載する4速AT車の9.0km/Lに対し9.7km/Lと10%近く向上。日産の狙い通りに仕上がった。

 しかし4速AT車の約50万円高という価格に加え、やはり未知の技術だけにトラブルも少なからず起きた。

 さらに悪いことに修理はアッセンブリー交換となるため100万円級と高額だったこともあり、Y34セドリック&グロリア以外には3.5リッターV6を搭載するV35スカイラインに採用されただけで姿を消してしまった。

 だが、その後日産のCVTはNAの3.5リッターV6を搭載するムラーノやエルグランドと組み合わせられるほど強靭なものに進化し、エクストロイドCVTもその進化に一役買ったのも事実だろう。

【商業的な成功度 】
 エクストロイドCVT自体は失敗だったが、技術の進歩の過程という意味では大きな役割を果たした。

■1999年にEV「ハイパーミニ」を販売

 日産はコンセプトカーや実験車という形ながら1970年代から電気自動車には非常に熱心で、販売地域などが限定的ではあったにせよ1999年に初の市販電気自動車としてハイパーミニを発表した。

 ハイパーミニは軽サイズの2人乗りのシティコミューターで、当時としては画期的なリチウムイオンバッテリーを搭載し、115kmの航続距離を確保。

日産のEVハイパーミニ。樹脂パネルのボディで軽量化を図るなど工夫も見られたが、デザインは某ドイツのコンパクトカーに似ていた

 価格は400万円と高価だったが、アルミのスペースフレームに部位に応じて鉄や樹脂を使ったボディ構造やランフラットタイヤの採用など、電気自動車という部分以外の技術レベルも非常に高かった。

 ハイパーミニ自体は残念ながら短命に終わったが、その後も日産は電気自動車を基幹技術の1つと判断し注力し続け、2010年にはリーフを市販化。

 2017年にリーフは2代目モデルにフルモデルチェンジされ、累計販売台数も30万台を超えた。今後は中国などでの電気自動車の需要の増加も期待される。

【商業的な成功度】
ハイパーミニ自体は商業的に成功しなかったが、今日の電気自動車情勢を考えると貢献度は高い。

■2000年に遅れてでもハイブリットを出した日産

 1990年代後半の1997年にトヨタが初代プリウス、ホンダも1999年に初代インサイトというハイブリッドカーをデビューさせた。

 当時の日産はドン底だったこともありハイブリッド戦略も遅れを取っていた。

 そんな日産も遅ればせながらも2000年に100台限定という形ではあったが、三人掛け×二列シートも持つティーノにインストールする形でハイブリッドカーを市販化した。

 ティーノのハイブリッドシステムは、1.8リッター直4+CVTに駆動&回生用と発電用&エンジン始動用という2つのモーターを組み合わせていた。

ティーノハイブリッドは日産も意地で出したかのように思われるが、開発自体は当然ながら長年していたもの

 ハイパーミニと同様にリチウムイオンバッテリーを使うというものだった。クルマ自体の完成度は決して高くなかったが、随所に日産らしい技術レベルの高度さが感じられ、長期的な発展性という意味では大きな可能性が感じられた。

 しかし当時日産は危機的状況だったのもあり、電気自動車に注力し、ハイブリッドの開発は残念ながら凍結されてしまった。

 その後日産の経営がV字回復すると、またまた遅ればせながら2010年に3.5リッターV6+7速ATにクラッチで制御する1モーターを組み合わせたフーガハイブリッド(このハイパワーハイブリッドも商業的には成功とは言えないが)。

 2015年に2リッター直4+CVTの1モーターハイブリッドとなるエクストレイルハイブリッド。

 そして2016年には1.2リッター3気筒エンジンを発電専用に使い、タイヤはモーターだけで駆動する2モーターのシリーズハイブリッドに分類されるe-POWERが加わった。

 e-POWERはノートでデビューした後、今年セレナにも設定され、爽快な加速やワンペダルドライブの新鮮さを主な理由に大人気となっているのはご存知のとおり。

【商業的な成功度】
 ティーノハイブリッドは失敗だったが、後の日産ハイブリッドの成功を見るとそれなりの貢献はあったと言える。

■ミリ波レーダーの活用も2001年から積極的に

 2001年登場の4代目シーマにはミリ波レーダーを使った先行車追従型のアダプティブクルーズコントロールに加え、CCDカメラで道路の白線を読み自分の車線をキープするレーンキープサポートが設定されていた。

 当時42万5000円という高額なオプションだった上に、法規により機能する速度域やコーナーの曲率は限定的であったものの、それでもこういったデバイスの登場には驚かされた。

F50シーマには多くの安全技術が導入されたのも印象深い

 その後10年以上日産の運転支援技術は特に強い印象はなかったものの、2016年の現行セレナで単眼カメラだけで周囲の情報を集め、操舵支援と先行車の追従を行うプロパイロットが登場(自動運転という謳い文句は大いに疑問であるが)。

 セレナのプロパイロットはクルマ自体がミニバンなのもあり完成度は今一つだったが、マイナーチェンジされたエクストレイル、現行リーフと時間が経つごとに急速に完成度を高めた。

 低コスト化に代表される今後の進化、発展も大いに期待できる。さらに日産は実験車レベルでの自動運転技術も世界トップクラスなのも見逃せない。

【商業的な成功度】
 シーマのレーンキープサポート自体は販売、注目度ともにそれほどでなかったが、プロパイロットの基礎になる技術として大きな貢献を果たした。今後の自動運転への足掛かりともいえる。

■GT-Rは日産の技術の粋を集めた1台だ

 2007年登場の現行GT-Rはトランスミッションをリアのデファレンシャルと一体としたFRベースの4WDである。

 独立型トランスアクスル、大きなダウンフォースと重さを生かし四輪に適切な荷重を掛けグリップに変えるという思想、部位に応じてカーボン、アルミ、鉄を使い分けたボディ構造。

 さらに通常800℃程度と言われているエンジンの燃焼温度を1000℃以上に上げ、怒涛の加速と低燃費を両立した3.8リッターV6ツインターボエンジン。

ゴーンが全権限を水野氏に一任して開発が進められたGT-R。このクルマが世界に与えた衝撃は非常に大きい

 このクルマに搭載された技術たちは、登場から10年以上が経ちながらも「技術の日産」を象徴する、技術の宝庫である。

 さらに現行GT-Rのパッケージングは「GT-R専用と思われがちですが、セダンやSUVといった各ジャンル、多くの動力源にも対応できる汎用パッケージなんです」と、生みの親の水野和敏氏は語っている。

GT-RのようなスポーツカーのみならずSUVなどにも応用できるというプラットフォーム。今後活用されるのだろうか!?

 それだけに噂には何度も挙がっている、現行GT-Rから派生するモデルというのも期待したい。

【商業的な成功度】
 GT-Rの開発費は破格の安さと言われている上に、日産のイメージ向上に絶大な貢献をしたのは言うまでもなく、商業的にも大成功。GT-Rはゴーン体制下でのイメージリーダーになった

■ターボエンジン革命!! VCターボは今後の日産を支える

 エンジンの圧縮比は高いほど熱効率が良くなり、燃費やパワーが向上するためできる限り高くしたいところ。

 しかし圧縮比が高過ぎると高負荷時にノッキングが起きエンジンの損傷につながるため、いろいろな折り合いを見て圧縮比を決めていたのが今までのエンジンであった。

VCエンジンは圧縮比を変えながら常に最適なパフォーマンスを実現するエンジンだ

 そこで日産の技術者はこう思ったはず。

「圧縮比を常に適切なものに変えられれば、いつでも最高の燃費とパワーを得られる」と。そんな思いで開発されたであろう技術がVCターボ。

 「VC」はVariable Compressionの略で、可変圧縮比の意味だ。

 VCターボはクランクシャフトとつながっているピストンの位置をアクチュエーターを使った回転運動で最大約6mm移動させ、圧縮比をシームレスに変えられるというもの。

 圧縮比は8:1から14:1の範囲で可変する。書くのはとても簡単だが、実用化には前述したエクストロイドCVTのように超高度な各部の強度や精度、超精密な制御が要求され、開発にはこちらも約20年が費やされたという。

圧縮比を可変させることは書くのは簡単だが実現するにはかなりの障壁がある。トライ&エラーの繰り返しで実現した日産をたたえるべきだろう

 なお、現在VCターボは3.5リッターV6の代替として新開発の2リッター直4に組み合わされ、北米向けのインフィニティQX50(ミドルSUV)とアルティマ(カムリやアコードと同クラスの4ドアセダン)に搭載されている。

 現時点でも完成度は高いとのことなので、ぜひ日本にも何らかの形での導入を熱望する。

【商業的な成功度】
 現時点では未知数だが、今後日産のダウンサイジングターボの性能を向上させる重要技術として広まっていくだろう。

■まとめ

 この他にも日産は2000年に低排出ガス★4つをブルーバードシルフィの1.8リッターエンジンで最初にクリアした。

 2008年に尿素水なしで厳しい日本の排ガス規制を真っ先にクリアした先代エクストレイルディーゼル、現行スカイラインのステアバイワイヤなど技術的な躍進は実は止まっていない。

 やはり平成が終わろうとしても「技術の日産」は健在と断言できる。それだけに今後はそういった技術が庶民にも買えるクルマにもドンドン盛り込まれるのを強く期待したいところ。

最新号

ベストカー最新号

さらばゴーン! どこへ行く? 日産 大特集|ベストカー 1月10日号

 いよいよ2018年は師走も中盤。12月10日に発売の「ベストカー」は、2019年1月10日号となる。そんな最新号では、来年登場が期待されるスモールカーの革命児、4台のスクープはもちろん、自動車業界内外で大きな話題となっている日産を大特集!…

カタログ