「農道のフェラーリ」アクティ
スバル・サンバーに対して、そのライバルと言えるのが「農道のフェラーリ」と称されたホンダの「アクティ・トラック」だ。こちらはリアの車軸(リアアクスル)の前にエンジンを搭載し、リアを駆動するミドシップ(MR)レイアウトだったことから、同じMRを採用するイタリアンスポーツカーが愛称の由来となった。
リアに重量物であるエンジンを搭載するモデルは、フロントエンジンの一般的な軽トラックに比べ、荷物を積載していない空車時においても重量バランスに優れ、トラクションが確保できる。フェラーリの異名は見た目などの表面的な意味ではなく、構造がもたらす性能に裏打ちされた賛辞と言うべきものなのである。
初代アクティ・トラックの誕生は1977年にまで遡る。ライバルであるダイハツ、スズキとの競争に敗れ、2021年に惜しまれつつ生産を終了するまで、実に約44年ものモデルサイクルをまっとうし、オーナー達に愛されたモデルだった。
そのルーツはホンダ初の4輪市販車であり、日本初のDOHCエンジン搭載車という誉れ高き軽トラック「T360」にある。アクティの開発当時、他社の軽トラックはシート下にエンジンを搭載していたため、荷台側にその分の膨らみができるのが常だった。ホンダはT360の後継モデルである軽トラック「TN360」で採用していた、荷台下へのエンジン搭載と後輪駆動によるミドシップレイアウトをアクティに踏襲して採用し、ライバル勢より平坦で広く、低い荷台を実現させた。これはF1参戦で培ったノウハウの賜物だったという。以来アクティは軽トラ唯一のミドシップ車となった。
荷台の広さというトラックとしての実用性の追求から生まれたミドシップレイアウトにより、アクティ・トラックはライバル勢に比べ前後重量配分においても優れていた。特に1999~2009年の3代目モデルではほぼ50:50を実現。4WDモデルの設定も多い軽トラックにあって、2WDモデルであっても後輪にしっかり荷重がかかり、荷物を積載していない空車状態やぬかるんだ悪路でも高い走行性能を誇った。
この他、エンジン自体にはライバル勢よりも高回転な特性があり、変速比もハイギヤード、荷台までフレーム一体のモノコック構造の採用など、各部にホンダらしいスポーツマインドが込められていたが、エンジンが運転席下にないため室内の静寂性にも優れていた。
また、足回りは前輪をストラット方式とした他、後輪はスポーツカーや高級車などにもみられる高性能なサスペンション方式、「ド・ディオンアクスル」を採用することで、ロードホールディング性を確保。路面状況に対して柔軟に追従する足回りが、未舗装路でも積載物を傷つけず、いたわりながら運搬することができた。こうした点が農道の……と呼ばれる所以だろう。
メーカーの選択と集中、農業従事者の減少、惜しまれる撤退
農道で駆け抜ける喜びを味わえる存在だったサンバーとアクティ。一見、見た目は同じでも、自動車メーカーそれぞれの思想が反映されたモデルが選べた軽トラック市場も、残念ながらこの10年程で様変わりしてしまった。
現在でも軽トラックは、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スバル、三菱、ダイハツ、スズキの国内自動車メーカー全8車にラインナップされている。だが、そのうち自社で生産されているのは、販売台数1位のダイハツ「ハイゼット」と2位のスズキ「キャリイ」だけなのだ。
スバル製サンバーが2012年に、2014年には三菱製の「ミニキャブ」が、2021年にはホンダ・アクティトラックが相次いで生産を終了。以降、現在購入できる軽トラックはダイハツとスズキ以外はすべてOEM供給車なのである。近年、好調の軽自動車市場にあって軽トラックの販売台数は年々減少の一途をたどっているのがその理由だ。
軽トラックは販売価格が安く、薄利多売がビジネスモデルである他、日本独自の規格である軽自動車はグローバルモデルとのプラットフォームやパーツの共有化が困難だ。つまり、投資に見合うだけの利益を日本国内での販売のみであげていく必要に迫られる。
加えて、軽トラックのコアユーザーだった農業従事者の減少が販売台数に与えた影響も小さくないだろう。農林水産省ホームページ掲載の「農林業センサス累年統計年齢別基幹的農業従事者数」によれば、1980年には約413万人だった農業従事者(※農業就業人口の内の自営農家の世帯員数)は、2020年に136万人まで減少。農作物や農業機械の運搬で大活躍し、「農道の…」と謳われた軽トラック需要も激減してしまった。
販売利益が少なく、今後の市場拡大も見込めないなか、自動車メーカーが他の将来性のある分野に限られたリソースを回そうと考えるのも当然だろう。今や軽トラックは、メーカー各社の看板こそ違えど、その中味は自社生産を続けるダイハツとスズキのOEM車ばかりとなった。無論、この2社の踏ん張りにより現在も軽トラというカテゴリーは保たれているのだが。
環境や時代性に合わず淘汰されるのは自然の節理ともいえるが、スバル製サンバーとホンダ・アクティは、生産終了がアナウンスされると、ディーラーには最終モデルを求めるユーザーが数多く訪れ、販売が終了した年の生産台数が対前年比で大幅に増加したという。
コメント
コメントの使い方個人的な見解ですので気を悪くされたらすみません。
純血のスバルサンバーが農道のポルシェと言うのは理解できますけど、
港湾敷設で活躍するアクティこそ港のフェラーリと呼ばれる所以と思います。ミッドシップレイアウトの軽トラは唯一無二の存在ではないでしょうか?