平成の日産スカイラインGT-R! 伝説のエンジニアが語る開発秘話

■ニュルを走らなければGT-Rはできなかった

 GT-Rといえばニュルブルクリンクと思われるでしょう。『走りの性能世界一』を掲げて開発を進めたことは前述のとおりですが、客観的にそれを証明しなければなりません。当時、ポルシェ944ターボが8分45秒でニュルを走っていたので、これを打ち破れば一定の評価となるだろう、ということでニュルに乗り込んだのでした。

 ところがその結果はこれまでにも伝えられているように惨憺たるもの。1周すら走りきれない。半周もするとオーバーヒートして走れないのです。我々はなにもわかっていなかったのですね。ニュルの過酷さをいやというほど思い知らされたのです。

 熱対策がイチバンの課題で、苦労した部分でした。タービンの遮熱対策は必須でした。エンジン本体のナトリウム封入バルブの採用はグループAを念頭においた熱対策です。

 シャシー関係ではフロントアームのブッシュがよれよれになってしまう。それほどの負荷がサスペンションにかかるのです。R33型ではマルチリンクのIアームを2本にすることで絶対的な剛性を高めるなどの対策をしましたが、R32ではずいぶんと苦労した部分です。

 アテーサE-TSの多板クラッチは、開発当初は駆動設計の部門から耐久性や滑りの心配があるため、ビスカスカップリングを組み合わせるべきだという提案がありました。

 しかしダイレクトな動きに支障が出るためビスカスは使いたくないというのが私たちの意見で、対立。テストドライバーの加藤博義が横に駆動設計担当者を乗せて、なぜビスカスが邪魔なのかを理解するまで徹底的にテストコースを走り込んで、最終的には彼らには納得してもらいました。

 荒っぽいやり方でしたが、時にはこのような手法も必要だったのです。結局、懸念された滑りなどは市販後に問題となることはなく、耐久性にも問題はありませんでした。

 アテーサE-TSのハウジングにはデッドスペースがあるのですが、ここはもともとビスカスカップリングを入れる場所でした。R34 GT-Rを開発する際、このスペースをなくそうと考えたのですが、新たな金型を作るとコストが膨大になるということで断念せざるを得ませんでした。

 その後私はR33、R34スカイラインに開発主管として携わります。もちろんその2台に関するエピソードもたくさんありますが、一番最初のR32 GT-Rで得た経験が大きく、これがその後の開発に生かされました。

『富貴三代方知飲食』という言葉をR34 GT-Rの発表会で言ったのですが、これはお金持ちが三代続いてやっと食べ物の味がわかる、という意味です。

 継続は力だということを改めて感じ、また、GT-Rを三代続けたからこそ走り味のグルメであるお客様に評価していただけるレベルに達したのではないかとの思いを込めた言葉です。

フォードシエラRS500を凌駕するために600psが必要とされ、そのためにもトルクスプリット4WDが必要だったのだ。1990年〜1993年シーズン、負けなしの29連勝を達成したのはあまりにも有名だ

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