アルファードたち人気車は最初から売れていたのか? 初代モデルの評価と売れゆき4選

 いま“人気車”と呼ばれている車の多くは3代目、4代目……と代替わりを重ねているモデルがほとんど。例えば、ホンダのフィットやトヨタのアルファードなども、その代表例だ。

 一般的に人気車には、初代モデルで売れ行きが伸び悩んだ車種はほとんどない。販売が低迷すると、車名を変えて別の車種にするからだ。

 ただし、最初は不人気で後になって人気を集めたという「例外」もある。

 人気車は最初からヒットを飛ばし、高い評価を得ていたのか? 現在も人気を集める4台のヒット車の原点でもある“初代”の評価と売れ行きを改めて振り返る。

文:渡辺陽一郎
写真:HONDA、TOYOTA、SUZUKI


初代フィット/2001年登場

初代フィット(2001-2007年)/現行型は3代目でフルモデルチェンジ目前。初代は登場直後の2002年に歴代でも最高となる25万台超を売り上げ、他車にも大きな影響を与えた

 フィットは、現行型で3代目になるから、各モデルとも人気車だった。

 特に凄かったのが2001年に発売された初代モデルだ。発売時点ではエンジンは1.3Lのみで、3グレードの構成だったが、超絶的に売れて2002年には国内販売の総合1位になった。

 初代フィットは、現行型と同じく燃料タンクを前席の下に搭載して荷室を広げ、ボディサイズの割に後席も広い。運転しやすく、燃費の優れたコンパクトカーでありながらファミリーカーとしても使いやすい。現行型とほぼ同じ特徴を備えた。

 しかも、売れ筋となる「A」の価格は114万5000円で、コンパクトカーのなかでも特に割安だった。

 慌てたのがトヨタだ。初代ヴィッツは急遽1.3Lを追加して、買い得な「U・Dパッケージ」をフィット「A」と同額の114万5000円に据えた。デュエットも改良して「1.3V」を114万3000円で設定している。

 少し上級のイストも加えて「フィット囲み込みフォーメーション」を、わずか1年ほどの間に完成させた。

 ちなみに、この時代のトヨタは、自社製品よりも好調に売れるライバル車を許さなかった。自社製品を改良したり「刺客」の新型車を送り込み、競争相手を必ず販売面で打ち負かした。

 当時は嫌な気分を味わったが、今にして思えば、ほかのメーカーはトヨタによって鍛えられていた。

 ホンダがモビリオを発売すればトヨタはシエンタ、ストリームを出せばウィッシュという具合に徹底マークされたが、この時期にホンダはミニバンの商品力を大幅に高めている。トヨタの「ホンダ叩き」がなかったら、今のホンダの優れたミニバンは存在しなかったかも知れない。

 話を初代フィットに戻すと、トヨタ車に限らずコンパクトカーの流れを変えた。ライバル車の2代目デミオも、「カジュアル」を114万5000円で設定している。まさに「フィットの時代」であった。

初代プリウス/1997年登場

初代プリウス(1997-2003年)/現在は4代目に突入しているプリウス。当初はヒット車ではなく、爆発的に売れたのは3代目の先代から。2010年に年間31万台超のセールスを記録した

 冒頭で「好調に売れている人気車には、初代モデルで売れ行きが伸び悩んだ車種がほとんどない」と述べた。この数少ない例外が、1997年に発売された初代プリウスだ。

 世界初の量産ハイブリッド乗用車として注目を浴びたが、売れ行きは伸びていない。1998年における初代プリウスの国内登録台数は1万7700台で、少し時間が経過した2002年には6700台まで下がった。

 一方、2018年には現行型が11万5462台登録されている。人気の高かった先代型が発売された直後の2010年には、国内だけで31万5669台が登録された。2018年に国内販売総合1位になったN-BOXが24万1870台だったから、31万台を超えた先代プリウスは超絶的な人気車だった。

 この先代プリウスに比べると、初代モデルの売れ行きは低調だったことになる。

 ただし、初代プリウスは、ほかの車種と事情が違う。発売直後はハイブリッドシステムがユーザーから理解されず、メーカーや販売店には「充電はどうすれば良いのか」といった質問が寄せられた。

 未知の技術だから、ユーザーが慎重になるのも当然で、売れ行きをほかの車種と同列に評価することはできない。

 また、販売系列も異なる。先代型の3代目以降はトヨタの全店(約4900店舗)が扱うが、初代プリウスはトヨタ店のみ(約1000店舗)であった。

 そして初代プリウスは、2000年のマイナーチェンジでプラットフォームを含めて機能を大幅に刷新するなど、フルモデルチェンジに匹敵する変更を受けている。

 初代プリウスは、売れ行きこそ伸びなかったが、改良を施しながら商品力を高めて2代目以降の飛躍に繋げた。

初代アルファード/2002年登場

初代アルファード(2002-2008年)/現行型は3代目で人気ミニバンとして定着。実は初代は2003年に年間8万3529台を売り上げ、現在(=2018年、5万8806台)以上に台数を稼いでいた

 トヨタは1995年にLサイズミニバンのグランビアを発売して、全幅を5ナンバーサイズに抑えたハイエースレジアスも加えた。さらに姉妹車も登場したが、売れ行きが伸び悩んだ。1997年に初代エルグランドが発売されると、販売面で差を付けられた。

 この時代のトヨタは、自社製品よりも好調に売れるライバル車を許さなかったから、「打倒エルグランド」をめざして新型車を開発した。それが2002年に発売された初代アルファードであった。

 グランビアやハイエースレジアスの基本設計は、ワンボックスバンに近い後輪駆動だが(ハイエースレジアスには商用車もあった)、車名を変えたアルファードは前輪駆動に変更して床を下げた。乗降性、走行安定性、乗り心地などを向上させ、外観もメッキグリルの装着で上質だ。

 内装ではインパネに木目調パネルを使ってクラウンのように造り込み、前輪駆動による低床設計を生かして居住性も快適に仕上げた。

 そして発表日は2代目エルグランドの翌日であった。報道発表会には、CMに起用した俳優のジャン・レノを招いてアピールでも差を付けている。

 一方、2代目エルグランドは、基本部分を初代と共通化した。当時の日産は業績を悪化させ、開発費用を投入しにくい事情もあった。後輪駆動だから床が高く、乗降性も良くない。フロントマスクは、斬新ともいえるが、評判はあまり良くなかった。

 その結果、2代目エルグランドは伸び悩み、初代アルファードは好調に売れてトヨタは目的を達成した。

 この後の2代目アルファードは、ネッツトヨタ店の取り扱いのモデルをヴェルファイアの車名で独立させ、異なるフロントマスクを与えて売れ行きを一層伸ばした。

 現行型も基本路線は初代から継承されている。外観のデザインも、フロントマスクは大きく変わったが、ボディの基本スタイルは同じだ。

 これはミニバンが、形状的な進化の時代を終えて、もはや変えようのない段階に入ったことを示している。

初代ワゴンR/1993年登場

初代ワゴンR(1993-1998年)/現在は6代目に突入しているロングセラー。今ではN-BOXなど背の高いモデルに主役の座を譲ったものの、初代から今日まで安定した人気を維持し続けている

 今は新車販売の40%近くを軽自動車が占める。しかも軽乗用車の約80%が、全高を1600mm以上に設定した背の高い車種だ。

 この先駆けが、1993年に発売された初代ワゴンRであった。全高は1680mmだから当時のアルトに比べると200mm以上高い。着座位置も持ち上げたから、乗員が座った時に足が前方へ投げ出されず、狭い空間なのに快適に座れた。

 そして後席は、現行型と同じく、背もたれを倒すと座面も連動して下がる。フラットで広い荷室に変更できた。助手席の座面の下には大きな収納設備が備わり、これも現行型と同じく車外へ持ち出せる。

 このように、ワゴンRの個性的な機能は、初代モデルで確立されていた。

 フロントマスクも個性的だ。当時のデザインは、大半が幅をワイドに見せようとしていたが、ワゴンRはヘッドランプが少し縦長で背の高さを強調している。すべてが新鮮であった。

 ただし、発売するまでは売れるか否か分からない。スズキでは社内的な部品の共用化率を70%に高めてコストを抑え、1か月の販売目標を5000台に設定して発売した。

 通常の車の売れ方は、発売直後が好調で、次第に下降するが、初代ワゴンRは違った。1993年も相応に人気を得たが、1994年になると月販平均台数が目標の2倍となる1万台を超えた。

 1995年は1万5000台、1996年には1万7000台と増えていく。まさに生活のツールとして浸透していった。

 その後のワゴンRは、基本路線を変えずに人気車であり続けている。つまり歴代ワゴンRのすべてが、初代モデルの成功の上に成り立っているといえる。

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