■難しい使命でも商品化までにこぎつけた開発責任者の凄さが光る
多田さんはスープラの前に86の開発責任者を努め、スバルとのコラボレーションを成功に導いたエンジニアだ。
トヨタが量産車の開発で他メーカーと組むのは初めてのことで、当事者にしか知りえないさまざまな困難があったようだが、結果として86/BRZという素晴らしい成果をもたらしたのは多田さんのお手柄。
水野さんとは対照的で、優れた調整能力が多田さんの持ち味といえる。
多田さんによると新型スープラのプロジェクトは一本の電話から始まったという。
86の発表イベントで欧州に滞在していた多田さんのもとにかかってきた某役員からの電話は「ミュンヘンへ行ってBMWのことを勉強してきて」というもの。
具体的な話は何もなかったが、BMWといえば直6、直6といえば…と、すぐにピーンときたそうだ。
そこからBMWとの長い折衝を経て最終的にスープラ/Z4というコラボレーションが生まれるわけだが、それはまさにスバルとやった86/BRZプロジェクトの再現。
調整能力に優れた多田さんの仕事ぶりを、トヨタ上層部がきちんと評価していたからに他ならない。
それにしても、同じスポーツカーづくりでも多田さんの仕事ぶりは水野さんとは対照的だ。
シャシーもパワートレーンもすべてGT-R専用で開発した水野さんに対して、技術リソースはすべてコラボ先の他メーカーのモノを使うというのが多田さんに課された条件。
しかもトヨタは採算性に厳しい会社として知られている。スポーツカーづくりの環境としては、むしろこちらのほうがずっと難しいという考え方もある。
そんな中で多田さんがもっとも重視したのは、「スープラとはいかにあるべきか」という根本的なテーマだった。
多田さんのエンジニアとしての師匠は80スープラの主査だった都筑功さんだが、それゆえ80スープラへの思い入れはひとかたならぬものがある。
BMWの技術リソースを使うが故に、コンセプトがブレればBMWの劣化コピーになりかねない。守るべきものは、直6、FR、ピュアスポーツといった80スープラの伝統。
新型の90スープラを開発するにあたって、それがもっとも重要なポイントだったといっていい。
しかも、新型スープラの計画生産台数は、おそらくR35GT-Rより一桁以上大きい数字。よりポピュラーなスポーツカーとして、安全性やスタビリティなどでより包括的なケアが必要になる。
新型スープラのパッケージで特徴的なのは、F1594mm/R1589mmのワイドトレッドと、2470mmというショートホイールベースだ。
1.55というホイールベース・トレッド比は、最新のポルシェ911と同水準で、相当に運動性を重視したディメンションといえる。
一般的に、運動性とスタビリティは二律背反の関係にあるわけだから、こういうディメンションで340psのFRスポーツカーを造ろうとすれば、直進安定性やコーナリング時のスタビリティについて相当手厚いケアが必要となる。
パフォーマンス側に全力投球すれば済むGT-Rに比べ、商品としての完成度を高める細かい手間が増えざるを得ない。
こうしてみると、少量生産で日産のフラッグシップを目指したGT~Rに対して、スープラはあくまでトヨタらしく量産スポーツカーとして広く普及させることを重視しているという違いがみてとれる。
スポーツカー冬の時代と言われて久しいが、コンセプトさえしっかりしていれば、まだまだ可能性はある。たとえEV時代を迎えても、エモーショナルなクルマの需要は不滅だと思うなぁ。
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