「なぜ自動車メーカーは、売れないクルマをラインアップに残しているのか?」と聞かれた事がある。
たしかに、ほとんど売れていないクルマを残しておくことは、無駄である。販売店であるカーディーラーでは、カタログの印刷や社員の教育、広告費など、ラインアップに残しておくことでかかるコストは、馬鹿にならない。
自動車メーカーの意地や見栄として捉える方もいるかもしれないが、実のところ、売れないクルマをラインアップしておくことには、自動車メーカーの巧妙な作戦があるのだ。
元日産自動車のエンジニアだった筆者が、こっそりとご紹介する。
文/吉川賢一
写真/TOYOTA、NISSAN 、編集部
■どうして売れないのにセダンのラインアップが多いのか?
トヨタ クラウンの例外を除いては、日本ではセダンがほとんど売れていない。今日時点、世界中でセダンタイプがまだ売れているのは、中国くらいだ。
しかしそれも時間の問題で、中国でもSUV人気は増してきており、遅からず、セダンはSUV人気に飲まれるだろうといわれている。
ところが、どの自動車メーカーもセダンのラインアップを比較的充実させている。
少し調べると、日産は5台(シーマ、フーガ、スカイライン、ティアナ、シルフィ)、トヨタは11台、ホンダは7台と、意外なほどに、セダンは多くラインアップされている。
ただ、売れ行きはというと、日産のすべてのセダンの販売台数を足しても、ノート1車種の販売台数に到底及ばない。
なぜ、セダンのラインアップを残しているのか、ヒントは「いつかはクラウン」にある。
■「いつかはクラウン」にハマりやすかった日本人
「いつかはクラウン」は、1983年にデビューした7代目クラウンで使われていたキャッチフレーズだ。
高級車であるクラウンを、憧れの存在のクルマに昇華させ、「いつの日かお金持ちになって乗りたい!」という、日本人の成長意欲や、昇進してたくさんお給料をもらえるようになりたい、という情熱を表現したことで、クラウンの販売を大いに活気づけた、有名なキャッチフレーズである。
クラウンほどの高級車でなくとも、普通に新車を買えば300万円くらいはかかる。それを購入してもらうためのアプローチ方法には、主に次のような手法が使われている。
ひとつは、「機能的な価値」を訴求すること。例えば、燃費のよさや航続距離の長さ、最高速度、加速性能、ブレーキ制動距離、最近だと運転支援装置のありなしなど、入手することで恩恵が得られる「価値」をアピールするのだ。
数値化して比較をすることができる反面、他商品に対し、大きなアドバンテージがないことが多い。
もうひとつが「情緒的な価値」を訴求することである。商品やサービスに差が付きにくい現代では、簡単には選んでもらえない。そういう時代だからこそ、「いつかはクラウン」のような「憧れ」がキーワードとなる。
「上級クラスのいいクルマに乗りたい」、そして、「上級クラスのクルマに乗れるようになった自分はえらい」……「いつかはクラウン」は、経済発展真っ只中にあった、当時の日本人の上昇志向を煽った。
ご存じの通り、この「クルマ」と「出世欲」をつなげたマーケティングは、大成功した。
トヨタも日産もホンダも、ラインアップにヒエラルキー(階層構造)を作っている。これはお客様に、「もっと上を目指したい」という欲を抱かせ、同時に「まだ下にもある」という優越感を感じさせるためである。
このために、売れなくてもラインナップを揃えておく必要があるのだ。
古い考え方に聞こえるかも知れないが、このロジックにはまっている方は、意外と多い。もちろんこれはセダンに限ったことではないが、SUVよりもこの意識が強く働くのは、歴史が長いセダン特有だろう。
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「フルラインアップメーカー」としての意地で、クルマを用意し続けている、のではなく、実は日本人の「人よりもいいクルマに乗っている自分はステキ」という自尊心を刺激するロジックだった、と分かると、ちょっと怖く感じるのではないだろうか。
自動車メーカーは、お客様にクルマを気持ちよく買ってもらおうと、色々な策を考え、実行している。そして、多くの日本人は、その術中に、まんまとはまっているのだ。
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