【バトル考察】
GT-RとRX-7のバトル中に降り出した雨は止まず、舞台はダウンヒル、しかも両ドライバーにとってホームではないコースということで、条件は五分五分。さらに、「オレのターボなしだからパワーでもそれほどのでかい差はない…」とケイタ。まさにドライビングテクニックの差がものを言うバトルである。
ただバトル前に拓海がバトルのためにひとつだけある準備をした。それは、ハチロクの後席にイツキを乗せたことだった。イツキ本人は「乗るのォ…バトルなのに?」と不可思議な様子だったが、あえて助手席でなくリアシートに座らせたところがポイント。拓海もその効果は半信半疑だったようだが、直感で思いついたようである。
スタートするとギャラリーの予想通り、1.6リッターのハチロクに対して2.0リッターのシルビアが先行する。ただこれは、雨の走行が得意だと豪語していたケンタの腕によるものかというとそうではなく、高橋涼介の見るところによれば「走り出せばいつでも追いつける」という拓海の余裕。天才は天才を知るのである。
ケンタはこのスタートのマージンを広げるべく、持てる技術を駆使しながら下りコーナーが連続するエリアに突入。ナレーションによれば「コーナーでは弱オーバーの姿勢をキープしつつ、滑る路面に対して最大限のアクセル開度とコーナリングスピードをかせぎ出す!! 立ち上がりでは細心のアクセルワークで後輪のホイルスピンをおさえて加速する!! 限られたタイヤのグリップを確実に使いきることが雨を攻略する鉄則なのだ!!」とあり、まさにケンタはそのプリンシプルに沿って走っていた。
一方で拓海のハチロクは、コーナーで観戦していたギャラリーたちが思わず叫んでしまうほどの豪快なドリフトを決めながら追いかける。後席に乗っているイツキも叫びながら、シートベルトをしていないこともあって左右にゴロゴロと転がり回っている。なお蛇足だが、後席シートベルトが義務化されたのは2008年である。
そのうちイツキの耳には「キンコンキンコン」と速度警告音まで聞こえてくる。親友でありながら、このスピード領域でキレた走りをみせている拓海を後ろから眺めたイツキは、「人間じゃねえよォ…バケモンだあ!!」と震え上がっている。それに対して拓海は「…」とまったくの無表情。この車内の2人のキャラ対比も面白い。
「乗れてる!! 今日のオレは絶好調だぜ!!」と自画自賛するケンタをよそに、いくつかのコーナーを抜けた時、すでにハチロクはシルビアの後方にぴったり付けていた。そしてそれにギャラリーたちが気づいた瞬間、なんの躊躇もなくハチロクはシルビアのインを突き刺し、いとも簡単にパスしていくのだった。
この美技を直に見たあるギャラリーは恐れおののき、またあるギャラリーは感心し、あるいは感動している。こういったギャラリーたちの心情をしっかり描いているのも初期『頭文字D』の特徴だが、我々読んでいるほうも、彼らの表情や立居振る舞いから、拓海のテクニックがどれだけ凄いのかを知らされるのであった。
さて、冒頭で紹介した、拓海がリアシートに人(イツキ)を乗せて走った意味だが、懸命な読者はお気づきのとおり、目的は“トラクションをかせぐ”ことにあった。後にイツキたちがアルバイトをしているガソリンスタンドの店長も語っているが、駆動輪であるリアのグリップをすこしでもかせぐために、ボディ後方を重くすることでリアタイヤに荷重をかけたのだ。
拓海は天才の直感でこのことをわかっていたのだろう。この頃はまだクルマのメカニズムや走りの基本についてそれほど理解できていなかったようだが、この日のコンディションは雨。雨の日も雪の日も、とにかく毎日(豆腐の配送のために)走っている経験則から、感じるとれるものがあったに違いない。
ハチロクもシルビアも、どちらもFRを採用する各年代の名ドリフトマシーンである。元オーナーはもとより、多くの読者がこの2台のバトルに馳せた思いがあったに違いない。拓海とケンタはこの後、プロジェクトDでチームメイトとなるわけだが、このバトルがあってわかり合えた部分もあった……のか。いや、あったと考えたほうが(笑)、物語後半が楽しく読めるだろう。
■掲載巻と最新刊情報
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