■実は360cc時代にリッターあたり100馬力を超えていた!
実は、軽自動車における馬力ブームはこれが2度目で、まだ軽の排気量が360ccだった1960年代後半にも、全社がリッター100馬力(つまり36馬力)を目指すパワー競争を行なった前科がある。
この時は軽本来のニーズと乖離した馬力競争が深刻なユーザー離れを招き、ダイハツフェローマックスSSの40馬力を頂点にブームは急速に衰退。1979年に軽の原点に帰る初代アルトが登場するまで、軽自動車全体が長い販売低迷に苦しむことになる。
こういう前例があっただけに、運輸省も自動車工業会も「これはヤバい」とピンと来たのだろう。行政指導というよりメーカー間の協定が主導して「最高出力は64馬力まで」という自主規制ルールが確立。庶民の足という軽自動車の性格上それでなんら問題はなく、結果として現在までこの制度が存続している。
おそらく、何も制限を加えなければ660ccから100馬力程度を引き出すのは難しくなく、ひょっとしたら軽自動車ながら200km/hをマークするようなクルマが生まれたかもしれない。
しかし、そういう高性能な軽自動車は価格も普通車以上となるだろうし、スタビリティや安全性に対する要求も加速度的に増大する。そうであれば、わざわざ窮屈な軽の枠の中でクルマを造る意味はどんどん薄れてくる。
いま思えば、1987年の段階で「軽の馬力競争は有害無益」と気づいたわけだから、軽自動車の馬力自主規制を思い立った人の目は慧眼であった、むしろそう言うべきなんじゃなかろうか。
■64馬力自主規制がなかなかなくならない理由
もうひとつ、これは業界の内部事情の問題ではあるのだが、軽自動車が売れすぎたり高性能化したりすると、だったら「軽規格を廃止して普通車に一本化すべし」という議論が必ず持ち上がる。これも64馬力自主規制がなくならない理由だ。
つまり「そこまで立派で高性能な軽自動車には、もはや税、保険、車庫証明などの優遇措置は必要ないのでは?」という普通車側からの反発なのだが、軽自動車側からすればこの優遇制度を失うのは死活問題。なるべく寝た子を起こさないように大人しくしていよう、という配慮がはたらく。
特に、ここ10数年軽自動車の売れゆきはきわめて好調に推移してきたし、ユーザーの関心は馬力よりも燃費に変わっている。
普通車の280馬力自主規制は、2004年に4代目ホンダレジェンドが300馬力でデビューして終わったのに、軽自動車ではいまだに64馬力ルールが存続しているのは、上記のような「大人の事情」が存在するがゆえなのである。
いっぽう、軽は国内線用だが普通車はグローバルで勝負するクルマ。同じ馬力自主規制でも軽と普通車では事情が異なる、という議論もある。
280馬力自主規制で日本車が足踏みをしている間に欧州では高性能車ブームが到来し、プレミアムクラスのブランド力に大きな差がつく原因となったという説だ。
たしかに、日本車がいわゆるスーパーカー領域に足を踏み入れるのは、2007年のR35GT-Rまで待たなければならなかったわけだが、では馬力自主規制がなかったら、もっと伸び伸びと高性能車を造れたのかというと、そんなに単純なものではない。
ボクも以前は「馬力自主規制が日本のスポーツカーをダメにした」と考えていたクチだが、多くのユーザーが馬力なんかより燃費の方にずっと高い関心を示す現状を見ると、結果として馬力自主規制はあってもなくても大差なかったように思える。
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