【ホンダがF1で13年ぶりに優勝】4度の”初優勝”が持つ意味とこれから

真のF1初優勝でホンダの存在を世界に知らしめた

 しかし初優勝を語るなら、真の初優勝、第一期ホンダF1プログラムでの優勝を語らねばならない。

 ホンダの創始者、日本のモータースポーツ文化の創始者、本田宗一郎がホンダと日本の夢の達成を目指してF1への挑戦を開始したのが1964年。そして翌1965年の最終戦メキシコグランプリで、挑戦13戦目にホンダは正真正銘の初優勝を挙げた。

1965年の最終戦のメキシコグランプリでリッチー・ギンサーが優勝。参戦2年目の13戦目でホンダF1は初優勝を飾った。第一期は1967年のイタリアグランプリと合わせて合計2勝

 これも挑戦2年目での勝利。NA1500cc規則でのF1最後の年、それも最終戦。

 リッチー・ギンザーは終始リードを保って堂々としたレース展開でホンダ初優勝をもたらした。ここから“日本のホンダ恐るべし”と4輪のレース社会に、そして世界の自動車産業に知らしめた。

 本田宗一郎の描いたホンダの未来図がこの時から実現へと向かって行った。

ホンダへの期待は現実性を増すばかり

 第一期、第二期、ともに挑戦2年目には初優勝を獲得してきたホンダF1。

 ホンダファンである筆者の都合で考えれば、第三期のトラウマと第二期の呪縛が解けたのがマクラーレンとのコンビ解消だったのではないかと思うのだ。

 引き摺ってきた第二期黄金期の呪縛をマクラーレンと一緒に切り捨て、これが第三期との本当の決別だったのではないだろうか?

と、筆者は都合よく勝手に決めてしまい、2017年からの心機一転トロロッソ・ホンダでの挑戦が“第四期ホンダF1プログラムの始まり”としてしまう。

そう考えれば、第四期初優勝は2年目の2019年6月に起こったことになる。

オーストリアグランプリで優勝し、ホンダに第四期初優勝をもたらしたマックス・フェルスタッペン。レッドブルのお膝元で勝つあたり、スーパースターの資質あり

 セナとの精神的な決別と第一期への帰還、第二期の勢いと情熱の発露、それこそがホンダF1第四期、“今”と言えるのではないだろうか?

 そう言いきってしまえば、今後のホンダへの期待は現実性を増す。

 この第四期初優勝が今後の発展成功へのトリガーになる……、そう筆者は信じているのだ。

オーストリアグランプリの優勝がトリガーとなり、シリーズを独走するメルセデス&ルイス・ハミルトンの牙城を切り崩す存在としてシーズン残りのレースを期待せずにはいられない

【ホンダのF1活動】
■第一期(1964~1968年)

・シャシー、エンジンを自製するオールホンダで参戦
・初優勝:1965年(リッチー・ギンサー)
・優勝回数:2回

■第二期(1983~1992年)
・エンジンサプライヤーとして参戦
・初優勝:1984年(ケケ・ロズベルグ)
・優勝回数:69回
・チャンピオン:ドライバーズ5回、コンストラクターズ6回
・パートナー:スピリット(1983年)、ウィリアムズ(1983~1987年)、ロータス(1987~1988年)、マクラーレン(1988~1992年)、ティレル(1991年)

■第三期(2000~2008年)
・エンジンサプライヤーとして参戦し、2006年からオールホンダでも参戦
・初優勝:2006年(ジェンソン・バトン)
・パートナー:BAR(2000~2005年)、ジョーダン(2001~2002年)、スーパーアグリ(2006~2008年)、※2006~2008年はオールホンダとして参戦

■第四期(2015年~)
・パワーユニットサプライヤーとして参戦
・初優勝:2019年(マックス・フェルスタッペン)
・パートナー:マクラーレン(2015~2017年)、トロロッソ(2018年~)、レッドブル(2019年~)

2013年にホンダ本社(東京都・港区)で開催されたF1参戦発表の時に展示されたそれぞれの時代を象徴するF1マシン。ホンダのF1への注目度はいまだに高い

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