日本の自動車産業が「世界」に苦戦している最大の要因は…「日本政府」??

■「一度決めたら変えようとしない悪いクセ」

 大きな対立軸としては、マルチパスウェイを唱え続けてきたトヨタを軸とする日本自動車工業会に対して、最も急進的なのは環境省と総務省である。次いで経産省が続く。

 多くの自動車メーカーと頻繁な接点を持つ国交省は、比較的技術に明るく、完全電気自動車化が当面は「絵に描いた餅」であることをよく理解している。

 一方で、冒頭に書いたとおり、すでに世界的にも国内的にも大きく風向きが変わり、「BEVも含むマルチパスウェイが現実解」という理解に進みつつある世論に対して、官庁のレスポンスは極めて低い。

 風向きが変わったとしてもそれらが政策やルールに反映されるまでにはまだまだ当分時間がかかる。一度動き出すと止まることはおろか、向きを変えるのも容易でないのが「国」である。

岸田文雄首相は経団連モビリティ委員会と会合を重ねており、日本の自動車産業界からヒアリングしている。グリーン化政策にも熱心だが、その問題点を比較的把握しているようにも思えるが……
岸田文雄首相は経団連モビリティ委員会と会合を重ねており、日本の自動車産業界からヒアリングしている。グリーン化政策にも熱心だが、その問題点を比較的把握しているようにも思えるが……

 翻って世界を見てみると、あれだけEV推しだったEUの変わり身は早い。バッテリー原材料の確保と、国ぐるみの不当ダンピングで中国製EVが押し寄せたと見た途端、「EVだろうがなんだろうが不当な補助金の精査をする」と言い出し、ゴールをグイッと動かした。

 アメリカはアメリカで、経済安保の見地から、国内自動車産業を守るべく、インフレ抑制法を発動。米国での最終組み立てと、バッテリーの主要原材料の原産地に制限を設け、上手いこと中国製EVを締め出した。

 しかしながら、欧米が侵略的外来種のような扱いをしている中国製EVに対して、我が国は呑気にも、国の補助金と税制優遇だけで90万円。さらに自治体の補助金まで付く。EUの「書き割りの絵」に騙されて、まだその道をテクテクと歩いている。

 すでに欧州がゴールポストを動かしながら、純ICEの全面禁止を緩め始めても、数年前に右往左往しながら「とりあえず」で決めた「2035年までにICE新車販売禁止」の再議論にも至っていない。

 すべての議論が曖昧なまま決まっているにもかかわらず、一度決めたらそのまま走ろうとするのは本当に日本の政治の悪いクセである。

 ましてやメディアの報道すら追いついていない領域についてはまったく期待できない。

 たとえば、EVや充電器の補助金には、電力を一時的にプールする「小さなダム」として、「タイヤのついた電池があれば社会システムに貢献するから」という話があったはずだが、テスラの「NACS」も欧州の「CCS2」も現時点ではV2H(車両→家への給電)をはじめとするV2Ⅹ(車両→何かへの給電)の能力は備えていない。

 平たく言えば家庭や電力網に対してクルマから電気が供給できるのは、今の所ほぼ「CHAdeMO」だけ、ということになる。社会貢献度の差を考えると、これも「同じ補助金額でいいのか」を検討すべきだろう。

トヨタの豊田章男会長が日本自動車工業会2期目の会長時(2018-2023)に自工会改革へ乗り出し、業界団体として日本政府へ具体的な提言を開始した
トヨタの豊田章男会長が日本自動車工業会2期目の会長時(2018-2023)に自工会改革へ乗り出し、業界団体として日本政府へ具体的な提言を開始した

■「邪魔だけはしないでくれ」と「これだけはしてくれ」

 こうしたどうしようもない「国の出遅れ」の現状を考えると頭が痛い。永田町からは、次期首相は小泉進次郎氏だという耳を疑う話が聞こえてくるが、EV推進派の小泉氏が首相になったら、我が国の自動車産業は再び危機的状況を迎えかねない。

 しかも、最悪のケースとしては、欧州もアメリカも、すでにとっとと方針転換した後で、もぬけの空になったパーティ会場に遅れて参上した我が国の環境相が、華々しく完全電気自動車化をぶち上げるというもはや悲劇なのか喜劇なのかわからない図が頭に浮かぶ。

 中国製EVの話はそもそもの文脈が米中対立の話であり、ちょうど対ロシア制裁と構図が近い。西側諸国のボスでありジャイアンであるアメリカが「ロシアを取るのか西側を取るのか」と凄んでいる図で、アメリカは銀行間の国際送金システムであるSWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)を握っており、西側の企業がロシアから撤退せざるを得なくなったのは、SWIFTを止められて、売上も回収できなければ、部品や原材料も買えなくなったからだ。

 ロシアだけじゃなく中国でのビジネスも「SWIFTから弾くぞ」と言われたら、もう中国とのビジネスは成立しなくなる。

 となれば、バッテリー原材料の調達を中国に強く依存していると経済安保上危ない。EVだけでなくHEVの存続のためにも、独自の調達ルートを確保しなくてはならない。

 そここそ政治の出番のはずなのだが、なぜか彼らは中国と対立できない。結果的に、自動車産業の経済安全保障のために南米のリチウム鉱山を開拓しているのは(国ではなく)トヨタ系の豊田通商である。

 日本の自動車産業は長らく政府をあてにしていない。世界の情勢を自分の目で見て、自分で必要な投資をし、必要な経済安全保障対策を行っている。

 本来は官民一体となって、経済発展を推進していくべきなのだが、少なくとも日本の場合、「政府は頑張らなくていいから邪魔だけはしないでくれ」という悲しい状況なのだ。

 しかしながら、護送船団方式で滅びてきた他の産業の歴史を見る限り、むしろ不干渉こそが発展の秘訣とすら思えてくる。

2023年10-12月期、中国BYDがBEVの世界販売台数でテスラを抜いて世界一位となった。通年の販売台数も300万台を突破した
2023年10-12月期、中国BYDがBEVの世界販売台数でテスラを抜いて世界一位となった。通年の販売台数も300万台を突破した

 ただし、欧米がきちんと手を打っている中国製EVの不当廉売対策に対しては政府としてきちんと防波堤を立てるべきだと思う。そもそも習近平政権が2015年に打ち出した「中国製造2025」には10項の重点項目が掲げられている。

・次世代情報技術(半導体・5G規格)
・高度なデジタル制御工作ロボット
・航空・宇宙
・海洋エンジニアリング
・先端鉄道
・省エネ・新エネ自動車
・電力設備(水力・原子力)
・農業用機材(トラクターなど)
・新素材(超伝導・ナノ素材)
・バイオ医薬・医療機器

 これらのうち、すでに5Gの情報機器は世界中からマークされて締め出されている。

 そして今、新エネ車を排除するために欧米が動き始めている。  普通に考えてこの10項目は中国の戦略的産業であることは間違いなく、ダンピングや不当なソフトなど、過去に露見したさまざまな不正技術を投入してくることは容易に想像できる。

 彼らが明確にリストを作ってくれているのだから、自動車のみならずこれらすべてに警戒網を張り、対策を考えていくべきだと思う。

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