今ではほとんど見かけなくなってしまったが、90年代のスポーツカーの多くには、巨大なリアウイングがついていた。「リアにダウンフォースを発生させて速く走るため」につけられていたものだが、公道を走るクルマのリアウイングに、どれほどの意味があるのか、と、疑問を感じていた方も少なくないだろう。
はたして、あの巨大なリアウイングには、どれほどの効果があったのだろうか。
文:吉川賢一
写真: NISSAN、TOYOTA、MITSUBISHI、ベストカー編集部
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クルマは高速走行するとリフトフォースが働く
一般的に、クルマは高速走行をすると、ボディ上面を流れる空気とボディ下面を流れる空気の流れの速度差によって、車体にはリフトフォース(揚力)が働く。
その力は、速度が高まるほどに2次関数的に増え、高速走行中にハンドルが軽くなったり、些細な横風でも左右にクルマが流されやすくなったりと、車両挙動へ悪影響を及ぼす。特に、背の高いSUVやミニバンでは、床下に多くの空気が入り込みやすく、フロントにリフトフォースが大きく働きやすい。
こうしたリフトフォースは、高速走行になる程に、クルマの挙動が不安定になりやすい。そのため、F1やスーパーGTといったレースに出るレーシングカーでは、巨大なリアウイングを装備することでダウンフォースを働かせ、タイヤをより接地させてグリップを稼ぎ、コーナリングスピードを上げている。
平均車速200km/hオーバーで走るレーシングカーだと、リアウイングの効果は絶大で、これらレーシングカーにとって空力セッティングは、タイヤの次に重要なファクターなのだ。
日常使用領域でも効果はあるのか
実際に、日常でのダウンフォースはどの程度働くのだろうか。ということで、実車のデータを使って概算してみようと思う。昔のクルマだと、CL値(揚力係数)を公表しているクルマがあった。ホンダ初代NSXのカタログによると、「CLf(フロントの揚力係数)=-0.04」「CLr(リアの揚力係数)=-0.06」と書かれている。ちなみにマイナスは、「リフトフォースの逆=ダウンフォース」だ。
この数字を参考に、ダウンフォース量を理論式(ダウンフォース量=1/2×A(前面投影面積)×ρ(気体密度)×CL(揚力係数)×V(速度)^2)で計算すると、以下の結果となる。
・車速 60km/hのとき、フロント-1.8kg、リア-2.7kg
・車速 90km/hのとき、フロント-4.1kg、リア-6.1kg
・車速 120km/hのとき、フロント-7.3kg、リア-10.9kg
・車速 160km/hのとき、フロント-16.4kg、リア-24.7kg
初代NSXの車重は1350kg、フロント42:リア58の重量配分なので、前輪荷重は567kg、後輪荷重は783kg。
この輪荷重に、車速に応じた空力分が、付加されることになる。車速が60km/hだと影響度は0.3パーセント(1.8kg/567kg=0.003=0.3%)と小さく、この程度だと一般の方が公道での走行で感じるのは難しい。車速120km/hになると約1パーセント、160km/hだと約3パーセントと、徐々に大きくなることがわかる。
この1パーセント、3パーセントの差が、トレーニングを受けていない一般のユーザーに分かるのか? というと、「分からない」かもしれない。だが、高速走行しているときには、間違いなくクルマを安定させる方向に空力は設計されている。我々は、知らず知らずのうちに恩恵を得ているのだ。
ちなみに、60km/h程度であっても、優秀なセンシング機能を備えたテストドライバーには差が分かる。筆者はエンジニア時代に、トランクリッドスポイラーの高さ違いの実験をしたことがあるが、実験テストドライバーは、5ミリの高さの違いならば60km/h程度でも分かっていた。
ただし、これは熟練のテストドライバーが、テストコース内で行った場合だ。前述したように、一般人がリアルワールドで空力の違いを感じ取ることは、おそらくできないだろう。
なお、念のため付言すると、発生するダウンフォースが小さくて、公道走行において一般ドライバーが体感できようができまいが、「リアウイングに意味がない」などということはまったくない。リアウイングには「カッコいい」という最大にして最強の意味と価値と効果がある。
空を飛びたいなら背中に翼を生やす必要はなく飛行機に乗ればいいのだし、目的地に1秒早く着きたければ10分早く家を出発すればいい。リアウイングはリアウイングであるだけで価値と効果がある。当たり前の話ですね。
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