電車に揺られ、あるいはクルマに乗って出かける先は、おいしい蕎麦が待つお店。観光地でなくとも、その一枚による至福は何物にも代えがたい充実した時間をもたらしてくれます。BCの姉妹メディア『おとなの週末』がおすすめする、関東エリアの「小さな蕎麦旅」にいざ出かけよう!
撮影/貝塚隆、谷内啓樹、鵜澤昭彦、西崎進也
取材/菜々山いく子、カーツさとう、岡本ジュン、藤沢緑彩、肥田木奈々
■広がる田園風景、研ぎ澄まされた一枚『そば処 あしがら翁』@神奈川県開成町
周囲には他に飲食店などない、のどかな田園風景の中にその店はポツンと佇んでいた。遠くに見えるのは丹沢の山々の連なり。「いいでしょう、この眺め」ご主人の皆川昌彦さんは清々しい笑顔でそう言った。
蕎麦の道に入ったのは、少し遅咲きの31歳。縁あって当時、山梨県・長坂にあった『翁』で修業を開始した。そう、この店名にピンときた読者もいるはず。名人と謳われる高橋邦弘氏の店だ。
ここで5年間、みっちり技術を叩き込まれたのち、箱根湯本や東京・広尾の店を経て、平成19年にこの地に住居兼店舗を構えた。
場所を選ぶ際、決め手になったのが第1にこの風景。そして第2が蕎麦の味を左右する水だという。
「下見に来た時、この地域の水道水を飲んでみたら直感的にいい水だな、と感じました。役場に行ってよくよく聞いてみたら、富士山や箱根の深層地下水を利用していたんです」。
そんな水で打つ皆川さんの蕎麦を表現するならば“たおやか”という言葉が頭に浮かぶ。
しっとり艶を浴びたそれをひと箸たぐれば麺の肌は絹のようななめらかさで唇や舌を撫でていく。コシもモチモチと穏やかな表情。でもその中心にほんのひと筋残した芯にはコリっと鮮やかな歯応えがある。
それを本枯節のダシを効かせた旨口のツユにつければ、返ってきたのは二八とは思えぬ深い香り。見事なまでに研ぎ澄まされた蕎麦だ。とはいえ、皆川さんや奥様の柔和な人柄もあって堅苦しさはみじんもない。
のんびり蕎麦に浸り景色に抱かれる、きっとそれは最高の休日だ。
[住所]神奈川県足柄上郡開成町延沢2508-2
[電話]0465-83-5806
[営業時間]11時半~15時(蕎麦が無くなり次第終了)
[休日]火・水
[交通]小田急小田原線新松田駅北口から徒歩26分(箱根登山バス関本行き約7分)
■里山に実現した理想の地へ『手打蕎麦 ゆい』@千葉県大多喜町
時の積み重ね以外に生み出すことのできない黒く光る梁、そして欄間。都会を遠く離れた里山だけに許された静寂と凛とした空気。
千葉市内で20年以上蕎麦店を営んでいた片岡政博さんが、築130年を超えるこの古民家に惚れ、『手打蕎麦ゆい』の営業を始めたのは、ひとえに自分の理想とする蕎麦を、理想の環境で打ち、そして提供したかったから。
「いいものを出せば、お客さんはくる」そう確信しての決断であったが、いやいや、ちょっとやそっとのいいものでは、客が来るとは思えない辺鄙な土地。
しかし今。『ゆい』の蕎麦をたぐりに足を運ぶ客は後を絶たない。そう。いいものを凌駕する“とんでもなくいいもの”が、この地に待っているからだ。
産地は北海道から鹿児島まで、その時、最上の粉を石臼自家製粉して打った十割蕎麦。地元朝採れ野菜の天ぷら。自家栽培の辛味大根。
この11月からは待望の自然薯も登場する。店主の理想は、いただく我々にとっても、文字通り鄙にも稀な理想の蕎麦であった。
[住所]千葉県大多喜町小田代(こただい)391
[電話]0470-85-0885
[営業時間]11時~13時半頃
[休日]水・木(不定休あり、HPで要確認)
[交通]小湊鉄道養老渓谷駅から栗又の滝行きバスで小田代下車徒歩1分
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