F1モナコGP、ル・マン24時間と並び「世界三大レース」に数えられるアメリカの最高峰レース「インディ500」で、日本時間5月29日未明、佐藤琢磨が日本人初優勝を成し遂げた。
日本では報道される機会も多くないインディ500。そこで優勝することは、どれだけ凄いことなのか?
文:天野雅彦、編集部/写真:INDY CAR
賞金3億円!! アメリカ人なら誰もが知るインディ500
アメリカ人なら誰でも知っているインディ500は、死ぬまでに1回は自分の目で見たいと考えられているイベント。
ウィナーに贈られる賞金も破格で、おそらく琢磨は250万ドル以上(約3億円)を手にするだろう。
インディ500は出場するだけでもアメリカン・ドリーム。このレースで勝つっていうのは、本当に凄いことだ。2位は3回が記録だが、そのドライバーたちの名前は誰も覚えない。2位は敗者のトップだから。

日本人初優勝を果たした佐藤琢磨の凄さ
5日間続くプラクティスの後に週末2日間の予選を行い、決勝は2週目の日曜に開催。伝統あるレースはユニークなスケジュールで開催されてきている。
走り込んでファインチューニングの行き届いたマシンで戦うインディアナポリス500は、マシンが持つ性能をフルに引き出した凄まじいバトルになる。101回目の開催となる今年もそこは例外ではなかった。
220mph(約350km/h)を越す高速で繰り広げられた接近戦を制したのは、日本人ドライバーの佐藤琢磨だった。
2017年のインディ500はF1チャンピオンのフェルナンド・アロンソ(=マクラーレン・ホンダ)が参戦し、世界中が注目していた。
長距離レースで次々ライバルたちが姿を消したが、選手層が厚いインディカーだけに最後の優勝争いは非常にエキサイティングな内容の濃いものになっていた。

琢磨が真っ向からの一騎打ちを戦ったのは、インディ500優勝3回を誇るエリオ・カストロネベス。
ゴール前の11周、カストロネベスと琢磨は手に汗握るバトルを展開。琢磨は終始落ち着き払っており、堂々たる戦いっぷりで勝利のゴールラインを横切った。
勝因は自分のマシンに対する絶対的な信頼、走行ラインに対する自信、そして、タイヤを傷めつけないマシンセッティングだった。
チームオーナーのマイケル・アンドレッティは、
「琢磨は凄いドライバー。技術面の理解は凄いし、開発能力がある。そして、その上に人間としての魅力が大きくある。我々はチームワークを重視するチームなので、まさにぴったりのドライバーだ」
と話した。
琢磨は30万人以上が集まった世界最大のレースを制し、「チームに感謝しても仕切れない。今日はタイヤの持ちが誰よりもよかった。そういう安定感が勝利に繋がった」と喜んでいた。
【天野雅彦】
過去10人の日本人が挑み最高位は5位
日本人ドライバーのインディ500初参戦は、1991年のヒロ松下氏。それから現在まで琢磨を含めて計10人の侍たちが、伝統の一戦に挑んできた。
しかし、これまでの日本人最上位フィニッシュは、2003年に高木虎之介の残した5位だった。
佐藤琢磨は、参戦3年目(2012年)に、インディ500で2位を走りながら最終週でクラッシュに終わるという悔しいレースも味わった。
レースだけではないインディ500の凄さ
1996年に当時日本人最高位となる8位で完走した松田秀士氏は、インディ500の凄さを次のように語る。
「レース自体の一番の凄さはスピード。370km/hに達する速度で200周もの周回を重ねるのだから尋常ではない。
しかも、そんな高速で先が見えないコーナーに飛びこんでゆく。日本や欧州のレースでは考えられないですよね。間違いなく“何かあったら死んでしまうレース”。
言い換えれば(そこで走る)“勇気”が最も凄いレースだと言えるかもしれませんね」
「以前、F1チャンピオンのルイス・ハミルトンに『インディ500に乗りたいか?』と聞いたら、彼は『(インディ500には)絶対行かない』と。それだけインディ500が危険で、凄いレースだと一目を置いているのでしょうね」
しかし、インディ500が世界最高峰のレースと言われる所以は、その歴史や文化にもあると松田氏は語る。
「アメリカでは5月の最終月曜日が『戦没者追悼記念日』となっていて、毎年その前日の日曜日にインディ500の決勝が行われています。そういう意味でも特別なイベントなのです」
「ゲストで呼んでもらった100周年大会(2011年)の時、サーキットを歩いていると、僕の写真を持ってきて『サインくれないか』という現地のファンが何人もいてね。僕がインディで走らなくなってから10年以上経っているのに。そんなレース、ほかにないよね」
「空港の入国管理でも『僕はレーシングドライバーだ』と英語で言うと、日本人の僕をすぐ通過させてくれた。
それも現地の人々のインディ500ドライバーに対するリスペクトがあるからこそ。インディ500の凄さは、そんなレース文化の高さにあるのです」
このように文化として浸透しているインディ500で勝つことは最高の栄誉であり、同時に非常に難しいという。
「単にオーバルをグルグル走っているだけって思うかもしれませんが、極めて高速で走るので、気温が変わるだけでダウンフォースが変わるほどセットアップはシビア。
だから、そのノウハウがあるトップチームでなければ優勝争いできない。ドライバーの力はもちろん、“チーム力”も必要で、それを手に入れるまでに琢磨選手は8年かかったんです」
異次元のスピードや勝つことの難しさ、そして長い歴史とともに培われた文化が、インディ500の『凄さ』。
その勝者に日本人として名を刻んだ佐藤琢磨選手に心から敬意を表したい。