原爆被害から77年、被爆直後にも広島市民の生活を支えた広島電鉄の「あの日」、そして戦後の日々

今日も走り続ける『被爆電車』が伝える広島の歴史

 現役の被爆電車は651、652、653と3両存在するが、651号、652号は主に朝のラッシュ時などに1、3、5、7の路線で運用されることが多い。筆者が今回撮影した8月5日の午前中と8月6日は651号、652号の両車が7番の路線である広電前を出発し、横川駅前に向かう路線を運行した。横河駅前到着後は折り返し広電前行として運行されていた。653号の活躍については後述する。

8月5日の夜には原爆犠牲者を鎮魂するため、かがり火が元安川に灯された
8月5日の夜には原爆犠牲者を鎮魂するため、かがり火が元安川に灯された

 654号は2006年に退役し、現在はヌマジ交通ミュージアム(旧広島市交通科学館)の屋外に展示されており、不定期で車内も公開されている。655号は1967年に大型トラックとの事故により廃車となってしまった。

 いずれも車歴としては80年になる古豪の存在である。1975年にはワンマン化、1986年には各車両に冷房装置が取り付けられるなどして近代改修を行った。しかし最高速度は35km程度で、乗車定員は80人程度である。5車体3台車を連節して150人程度乗車可能な最新の5200形電車など他の車両と比べると、製造年の違いで明らかに劣る部分はあるが、なにより被爆電車という大変貴重なものである。末永く活躍してほしい存在である。

平和学習のために広島を走る『被爆電車』653号

 毎年8月6日の前後数日間は651号、652号がラッシュ時の定期運用以外にも平和学習のために臨時列車として運行されており、被爆された語り部が乗車しこの取り組みを続けている。特に、653号は平和学習の専用車として活躍している。

8月6日午後の運航で紙屋町東電停付近を走行中の650形653号。この日のために入念な整備・点検が行われたという。灰色と紺色の塗分けは、77年前の被爆当時の車体色を復元したものだ
8月6日午後の運航で紙屋町東電停付近を走行中の650形653号。この日のために入念な整備・点検が行われたという。灰色と紺色の塗分けは、77年前の被爆当時の車体色を復元したものだ

 2015年にスタートした「被爆電車特別運行プロジェクト」では653号がその大役を担っている。塗装は651号、652号と違って1945年当時の灰色と紺色のツートンカラーが再現された。この塗装を再現するにあたり、白黒写真しか資料がなかったため、当時を知る関係者の証言で全容がつかめたという。いざ塗り直しを行う際には、現状の塗装の下から当時の塗装が出てきたため、当時の配色が判明し完全な再現に至ったという。

 特別プロジェクトで活躍する653号の運行コースは、広島駅を出発し戦時中に広島駅から軍港が存在した宇品港(現在の広島港)まで、兵員輸送力強化のために軍の要請で造られた比治山線(現在の皆実線)を走行し、77年前、原爆投下の3日後に運行を再開した西天満町(現在の天満町)~広電西広島駅を走行し、原爆ドーム前を巡るコースである。現在は新型コロナウィルスの影響により規模を縮小して予約制により運行されており、各日午前午後と運行(8月6日は午後のみ)それぞれ定員15名で運行する。車内は被爆当時の写真や映像モニターを設置し、それらを使用して当時の解説を行いながら各所を巡る。653号は8月7日日曜日にも運行が予定されている。

8月6日、今年も平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑には多くの方が列をなし、祈りを捧げた
8月6日、今年も平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑には多くの方が列をなし、祈りを捧げた

 被爆を経験した歴史の生き証人であり、広島の復興を支えた被爆電車のこれからの末永い運行、活動に期待したい。

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