現代のモータースポーツでは、もはや当たり前といってもよいほど装備となったパドルシフト。市販車でもこれが搭載されているとMT車のような操作感が味わえるが、パドルシフトは決しておもちゃではない。従来では考えられないほど、運転手の負担を軽減してくれた革命的存在なのだ! レーシングドライバーとして中谷明彦氏が極限の世界を味わった者だからこそ知るパドルシフトのありがたさを語ってくれたぞ!
文:中谷明彦/画像:ベストカーWeb編集部、富士スピードウェイ、フェラーリ、スバル
【画像ギャラリー】パドルシフトが生死にかかわる負担を軽くしてくれた! 単なるおもちゃに非ず!! 運転に劇的変化をもたらした立役者!(10枚)画像ギャラリーそもそもパドルシフトが導入されたのはなぜか?
近年、車のスポーツ性について語るとき「パドルシフト」が装備されているかどうかに着目されることが多い。何故かと言えば、F1をはじめ多くのモータースポーツシーンでパドルシフトが当たり前のように採用されているという実態も影響しているだろう。
だが、パドルシフトがモータースポーツに導入された経緯を正しく理解するには、まず従来の「シフト操作」がいかに過酷であったかを知る必要がある。自身がF3000やグループCを走らせた時代を思い返すと、シフトレバーを操作する行為はドライビング上の楽しみではなく、生死をも分ける重要な行為だった。
MTは「楽しい」とか「操る喜び」といった言葉で表現されることがある。しかし、モータースポーツ現場ではそんな余裕は一切ない。ほんの一瞬のシフト操作ミスでエンジンブローを招き、ギアを壊し、場合によってはスピンしてコースアウト、崖下へ落ちることもある。
ひとつひとつのシフト操作が、文字通り命がけだったのだ。
モータースポーツにおけるシフト操作は痛みとともにあり
特に象徴的なのは、F1のモナコGPだっただろう。狭い市街地コースを走り切るために、レース中は実に3000回ものシフト操作を要すると言われる。毎ラップ数十回のシフトを78周にわたり正確に続ける。その間、右手はシフトレバーを握り、ステアリング操作は左手の片手運転を余儀なくされ、強大な横Gの中で正確な操作を要求される。そこで肉体にかかる負担は想像を絶する。
F3000時代はレーシンググローブの下にサイクリング用の指切りグローブを仕込み、手のひらを保護していた。それでも摩擦で手のひらの皮が剥け、血が滲む。たまに見かけるアルミ削り出しのシフトノブなど、とんでもない。
見た目はスポーティかもしれないが、実戦でそんなものを握れば数周で手のひらが悲鳴を上げ、レースを続けられなくなる。しかも、ドッグクラッチ特有のギア反力がダイレクトに返ってくるため、手首や肘の関節まで痛める。これが「マニュアルシフト操作の現実」だった。
こうした状況を劇的に変えたのがパドルシフトである。ステアリングスポーク、あるいはステアリングコラムに設けられた小さなレバー、それは見た目はシンプルだが、実態は電子的なスイッチだ。ドライバーは指先で軽く弾く。するとアクチュエータが作動し、シフトフォークを動かして変速を完了させる。
パドルシフトが劇的に変えたドライバーの負担
通常は右手がシフトアップ、左手がシフトダウンにレイアウトされる。操作はワンタッチで済み、シフトレバーを握りにいく必要がない。これにより、常にステアリングを両手で握りながら変速が可能となった。これはドライバーの負担を一気に軽減する大改革だった。
さらに、クラッチペダルからも解放される。シーケンシャル式のドッグクラッチを採用し、クラッチ操作はスタート時のみ必要となる。つまりレースは完全に2ペダルで戦えるようになり、ヒール&トウという複雑な操作も不要となった。マニュアルシフト時代はヒール&トウを繰り返すたびにレーシングシューズのソールに穴が開いたものだが、その負担からも解放されたのである。
この革新によって、ラップタイムは大幅に短縮された。シフトミスによるトラブルが消え、ドライバーはより長時間安定した走行を維持できる。肉体的負担が減ったことで引退年齢は上がり、若年層ドライバーの参入も容易になった。パドルシフトは単なるギミックではなく、モータースポーツの構造を根底から変えた技術革新だったのだ。













コメント
コメントの使い方ドグミッションなら、パドルシフト化(クイックシフター化)してなくても、ヒールアンドトゥしないでシフトダウン出来るんですよ。左足でブレーキを踏んで、右足でシフト操作に合わせてブリッピングすれば、スコンスコンとシフトダウン出来ます。
説得力のある記事ですね。その先の、具体的にどうやって市販車パドルシフトを扱うかは、読んだそれぞれがここから考えていく事なのでしょうね