疑似MT的な楽しさやレーサー気分を味わうためだけじゃない!! 革命的だったパドルシフトの本来の意味!!

なら、市販車ではどんな意味が?

市販車で初めてパドルシフトが搭載されたフェラーリ F355
市販車で初めてパドルシフトが搭載されたフェラーリ F355

 しかし、この技術が市販車に導入されたとき、その意味は大きく変質した。現代の市販車には、そもそもフルオートマチックが搭載されている。自動変速は電子制御によって最適化され、ドライバーがギア操作をしなくても走行に支障はない。

 むしろ経済性や快適性を重視するなら、自動変速に任せた方が良い場面は多い。実はレースカーもフルオートマチックに走れる技術はある。しかし、ドライバーのスキルを競えなくなるため、ほとんどのモータースポーツシーンでフルオートマチックの使用を禁止しているのでパドルシフトに帰結しているわけだ。

 フルオートマティックのDレンジを備える市販車のパドルシフトは、もはやラップタイムを削るための武器ではなく、マニュアル感覚を楽しむための「おまけ」になっているのが実情だ。スポーツドライビングを疑似的に味わうスイッチに過ぎない。

 実際、DCTのようなデュアルクラッチ式ATは、パドルシフトを多用するとプリセレクトのために油圧を常時維持する必要があり、それが油圧抵抗となる。結果、サーキットではむしろ純粋なMTより遅くなることすらある。

 レーシングカーのパドルと、市販車のパドル―両者は外見こそ似ているが、その意味するところはまったく異なっているのだ。

すべては安全にのるために

フェラーリ F355のパドルシフト
フェラーリ F355のパドルシフト

 では、市販車に搭載されたパドルシフトを正しく使うとはどういうことか。パドルシフトを「擬似MT」として楽しむことは否定しない。峠道やサーキット走行でギアを選び、自分のリズムで加速減速をコントロールするのは、確かに愉しい体験だ。

 しかし、それをもってレーシングカーの世界に近づいたと錯覚してはいけない。本来のパドルシフトは「ドライバーの肉体的負担を取り除く」ために生まれた。したがって、市販車での正しい使い方も「快適性と安全性を両立させること」にあるべきだ。

 例えばワインディングでエンジンブレーキを積極的に活用し、ブレーキの負担を減らす。あるいは雪道やダートで適切なギアを選び、トラクションを安定させる。そうした実用的な場面でこそ、パドルシフトの価値が発揮される。パドルシフトはモータースポーツに革命をもたらした技術である。命がけだったシフト操作を単なる「指先の操作」へと変え、ドライバーの可能性を広げた。

 その意義を正しく理解すれば、市販車におけるパドルシフトをどう使うべきかも見えてくるだろう。それは、ラップタイムを削るための武器ではない。ドライバーが車を状況に合わせて自在に操るための「安全装置」なのだ。

 ステアリングから手を離さず、状況に応じて適切なギアを選べる。キャリブレーションが完璧な車ではその必要もなくなっているが、パドルシフトは単なるおもちゃではなく、制御の至らない領域をドライバーが知性と感覚で補うことができる機能的な装備なのだと言えるだろう。

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