2026年4月1日にトヨタ自動車の社長に就任し、6月17日の株主総会で代表取締役になった近健太(こん・けんた)氏とは、一体どんな人物なのか? 経理畑のお堅い人物と思われがちだが、あにはからんや、クルマが大好きで涙もろい人情家の一面をもつ優しい人。今回インタビューする機会に恵まれため、その人となりをお伝えしよう
文/写真:ベストカーWeb編集部
【画像ギャラリー】写真からもわかる「クルマ好き社長」のDNA!! トヨタ 近社長のお人柄も伝わってくるぞ!(5枚)画像ギャラリー豊田章男社長(当時)の秘書を8年間にわたって務める
近健太氏は1968年8月新潟県に生まれた。東北大学経済学部を卒業後、1991年4月トヨタ自動車入社。経理部門で経験を積んだ近氏だが、CFO(最高財務責任者)時代には「下山テストコース」や「ウーブン・シティ」への投資をするなど、モビリティカンパニーへの変革に向けた投資を行ってきた。経理畑というと、財布の紐が固い実務型のイメージが強いが、そういった堅物ではない。
そして、2009年6月に豊田章男氏が社長に就任した時の秘書だったという経験が何よりも近氏を特別な存在にしている。6月に行われた株主総会で株主からどんな経営を志すのか? という質問に関連して、秘書時代のエピソードを話した。
2009年当時のトヨタは創業以来の赤字に転落し、GMとの合弁事業NUMMIからの撤退、F1からの撤退に続き、北米での大規模リコールも起こり、まさに創業以来の危機を迎えていた。
近氏は当時豊田章男社長が「やめるばかりで、(社員に)何もチャレンジさせてあげられない」と嘆いていたことを振り返る。と同時に近氏はやめる決断ばかりで、新しい事業にチャレンジできなかった豊田社長の姿を身近で見続けていた。だからこそ、その無念さは近氏の胸にも強く突き刺さった。
近氏は8年間にわたって豊田章男社長の秘書を務めた。そのため、社長としての軸は「豊田ならどうするんだ」に尽きると語った。さらに「決断する時には、一番悲しむ人の顔を思いながらする」ことや「トップの役割とは、決めることと責任をとること」といった重い責任と常に向き合うことの重要性を学んだという。
株主総会で「現在トヨタとトヨタグループの責任者は豊田一人ですが、いつかは豊田から『お前も責任が取れるようになったな』と言ってもらえるように精進していきたい」そう語りながら言葉を詰まらせた近社長。様々な思いが交錯し、感極まった実直な姿に、誰もが「この人なら安心だ」と思ったに違いない。
音楽大好き! 軽音楽部でベースをやりBOØWYを演奏していた高校時代
そんな近社長はどんな少年だったのだろう。
「少年時代は野球少年でしたね。新潟だったので周りは巨人ファンばかりでしたが、僕はアンチ巨人(笑)。ちょっとひねくれていたんですが、今は中日を応援しています。小学校は野球をやっていて、中学は卓球部です。
高校はですね、これこの前言って受けたんですけど、最初卓球部に入ったんですが、五分刈りにしろって言われて辞めました。今はこうですが、当時はどうしても坊主になりたくなかったんですよ(笑)」
近社長は当時の思い出を楽しそうに振り返る。自虐を交えた語り口に、こちらも思わず笑顔になってしまう。
「その後は軽音楽部に入ってベースをやっていました。難しい曲はできないので、BOØWYとかですね。学園祭で披露したこともありました」
近社長が演奏する「Marionette -マリオネット-」、ぜひ一度聴いてみたいものだ。
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