少し前まで背の高い箱型ボディで街中を走り回っていたヤマト運輸の宅急便トラック。あの独特な姿をしたクルマの正式な車名を知る人は意外と少ない。その名はクイックデリバリー。実はヤマト運輸のために生まれた珍名車でもあるのだ。その歴史と活躍の変遷を振り返っていこう。
文:佐々木 亘/写真:ベストカーWeb編集部、トヨタ
【画像ギャラリー】クロネコヤマトの宅急便専用車「クイックデリバリー」が残してきた足跡(8枚)画像ギャラリー「腰を屈めなくていいクルマ」というヤマトの切実な要望
クイックデリバリーの誕生は、ヤマト運輸からトヨタへの開発依頼に端を発する。ヤマト運輸が求めたのは、車内での作業時に腰を屈める必要のない配送車だった。宅急便のドライバーは荷室で仕分けや荷物の積み下ろしを日常的に行う。中腰の姿勢を繰り返すことによる腰痛は、現場にとって深刻な問題だったのだ。
この要望に応える形で、トヨタはハイエースをベースにしたウォークスルーバンの試作車を提案し、これを市販化したのがクイックデリバリーである。1982年に登場した初代は、ハイエースジャストロー用の低床シャシーを流用し、キャビンと一体化した極めて背の高いボディを架装することで、1785mmという荷室高を確保した。全高はおよそ2.5mにも達し、街中で見かければ一目で分かるユーモラスなスタイルである。
運転席から荷室へ、立ったまま行き来できる設計思想
クイックデリバリーの最大の特徴は、ウォークスルー構造にある。運転席と荷室の間を立ったまま行き来できる設計により、ドライバーはいちいち運転席から降りて荷台に回り込む必要がなくなった。1件の配達ごとに乗り降りを繰り返す宅急便の業務スタイルにおいて、この効率化は計り知れない意味を持っていた。
加えて、左ドアからの運転席への出入りを容易にする構造や、狭い路地での乗降性を高めるスライド式サイドドアも採用された。住宅街の細い道を縫うように走る宅急便の現場を知り尽くしたうえでの、実務的な工夫の積み重ねだったといえる。
少量生産ゆえの高コストが、静かな終焉を招いた
1985年に2代目、2000年には3代目が登場するが、特殊な構造を持つがゆえに、クイックデリバリーは少量生産にとどまり続けた。メーカー希望小売価格は消費税込みで550万円を超える水準にまで達しており、開発を依頼した当のヤマト運輸ですら、生産終了間際には圧倒的に安上がりな一般的な2トントラックを導入するケースが増えていたという。
時代とともに宅急便で扱う荷物の種類や量も変化し、必ずしも専用設計のウォークスルーバンでなくても対応できる業務が増えていったことも背景にあるだろう。こうした流れのなかで、クイックデリバリーは2016年に生産を終了した。約34年間にわたり日本の物流を陰で支え続けたこのクルマの役目は、静かに幕を閉じることになったのである。
生産を終えた今も、クイックデリバリーは完全に姿を消したわけではない。その独特な背の高いボディはキッチンカーのベース車両として近年再び注目を集めており、イベント会場などで元気に活躍する姿を見かけることも少なくない。物流の現場から生まれた実用一辺倒の設計思想が、まったく異なる分野で新たな価値を見出されているのは興味深い巡り合わせだ。
普段何気なく目にしていたクイックデリバリーには、これほどまでに練り込まれた設計思想が詰まっていたことを知ると、クイックデリバリーを見る目も少し変わってくるのではないだろうか。まだまだイベント会場などで見ることが多いクイックデリバリー。ヤマト運輸専用車から、イベントで活躍するキッチンカーへと姿を変えた名車は、これからも日本を支え続けていくのだろう。
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