この60年間でスバルは、世界に名を馳せる自動車メーカーに成長した。その原点が1958年にデビューしたスバル360だ。
デビューから60年後の2017年、自動車評論家の国沢光宏氏は、アメリカに渡り、この車で4000kmという長距離を走破した。
同氏が語る「スバル360に乗って今のスバルに想うこと」とは?
文:国沢光宏/写真:SUBARU、編集部
ベストカー2017年5月26日号
スバル360には“飛行機屋”のエッセンスが詰まっている
普段あまり意識しないことながら、自動車メーカーの歴史を見ると「なぜ車を作ったのか?」というキッカケがずいぶん違う。
ブランドと言われるヨーロッパの自動車メーカーの場合、多くは役に立たない“遊び”や“夢”から始まっている。
なんたって車を作ってもコストがかかりすぎるため、道具としてなりたっていない。だからこそ夢があります。
荷物を運ぶトラック作りから入ったメーカーは、面白みに欠けるものの、質実剛健な手堅いクルマ作りをする。
スバルやいかに? ベストカー読んでいるようなクルマ通なら飛行機メーカーだったことはご存じだろう。とはいえ、最新型のスバルを見ても飛行機の面影薄い。言われなければわからないかもしれません。
しかし! スバル360に乗ると、まごうことなくヒコウキ屋さんの車だと思う。一番驚くのが空間の使い方だ。
スバル360ってビックリするくらい小さい。ドライビングシートに座ったまま手を伸ばせば右のフェンダーミラーを調整できてしまう。
同じく運転席に座った状態でフロントホイールのナットの緩みまでチェックできる。
そもそも私がクルマの横に立つと、縮尺違うんじゃないかと思えるほど。初めて見た時は「乗れないな」。
ダメもとでドライビングシートに座ったら「ややや!」。身長183cmあるのにどこにも当たらず運転席に収まり、無理なくペダル操作できてしまう。そのうえ、リアシートのレッグスペースを残す。
後日、90kg級の親父ばっかり4人で乗ってみたら、それほど無理なく座れてしまった。すばらしいパッケージングである。
50年前の日本人なら、家族4人だって余裕ですワな。
乗り心地と振動の少なさに“飛行機屋の魂”を感じるスバル360
軽量化努力もヒコウキのようだ。当時としちゃめずらしい軽量&高剛性のモノコック構造を採用し、ルーフは薄いFRP。
リア窓にアクリル使い、金属の大半がアルミ素材(フェンダーミラーの形状なんかヒコウキの部品のようである)ときた。
同じカテゴリーのライバルより100kg近く軽かったほど。私のスバル360は25馬力という非力なエンジンながら、けっこう元気よく走ってくれる。
快適な乗り心地とエンジン振動の少なさもヒコウキ屋さんの味だろう。
乗り心地など今のクルマと比べたって負けていないどころか、スバル360に勝てるモデルなし! 80km/hくらいまでならエンジン振動もまったく気にならず。
このクルマ、三重県の桑名で購入。ハンドル握り、420kmを乗って東京に帰ってきた。
高速乗るのが不安だったので下道中心。ほぼ12時間のドライブだったのに、余裕でしたね。
ハンドル握っていると、このクルマを開発した技術者の意気込みや、妥協しない精神をハッキリ感じる。60年前によくぞこんなレベルの高い技術をコスト重視のファミリーカーに使ったモンだ。
おそらくヒコウキ作りたかった情熱をすべてつぎ込んだに違いない。市販するや当然の如く大ヒット。スバルの礎となったこのクルマがなければ、今のスバルはなかったと思う。
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