1980年代後半の日産には、すでにスカイラインやローレルなど人気セダンがズラリ。それでも新顔の初代セフィーロは、独自のキャラクターで若い世代の心をつかんだ! なぜ後発モデルがこれほど支持されたのか? そして、その勢いはなぜ長く続かなかったのか!? 当時のセダン事情とともに、初代セフィーロが残した存在感を振り返る!
文:小鮒康一/写真:ベストカーWeb編集部、日産
【画像ギャラリー】セミオーダー方式まで用意した異色の4ドアセダン初代セフィーロの蔵出し写真を大公開!! 2代目はワゴンもあったぞ!!(11枚)画像ギャラリーCMとキャッチコピーの強烈さで鮮烈デビュー!
1988年9月に販売を開始した、日産の4ドアセダンである初代セフィーロ。当時を知らない人でも、「くうねるあそぶ。」のキャッチコピーと井上陽水氏が出演したCMの話題は知っているという人も少なくないだろう。
ただ、当時の日産にはすでに多くのセダンがラインナップされており、長い歴史のあるモデルも多かった中で、新規車種として登場したセフィーロが人気を集めたのはなぜだったのだろうか?
1988年当時の日産のLクラスセダンには、どちらも長い歴史を誇るスカイラインとローレルが存在しており、ほかにも2Lエンジンを搭載したモデルとしてはブルーバードやセドリック/グロリアなど非常に多くの車種が存在していた。
30代前半をターゲットとしたセフィーロ
ただ、セフィーロは30代前半の”ヤングアダルト層“をメインターゲットとし、自らステアリングを握ってライフスタイルを謳歌するユーザーを想定しており、4ドアセダンでありながら、プロジェクタータイプのヘッドライトを標準装備するスタイリッシュなフロントマスクを備えていた。
さらに当初はユーザーがエンジン、トランスミッション、サスペンション、内装生地、内装色、外装色を自由に(一部組み合わせに制限あり)選ぶことができる、セミオーダーメイド方式の「セフィーロ・コーディネーション」も導入していたことで、こだわりの強いヤングアダルト層のハートをつかむことに成功したのである。
一方、スカイラインセダンやローレル、ブルーバードやセドグロは、どちらかというと年輩のユーザーが乗るクルマというイメージが強く、当時の30代前半のユーザーにはピンとこなかったという点も大きかったのだ。
R32スカイライン登場で状況一変! セフィーロが失速した理由
しかしセフィーロ登場の翌年、1989年にスカイラインがR32型にフルモデルチェンジを果たすと、こちらもグッとスポーティで現代的なスタイルとなったことで人気が再燃。
対するセフィーロは、ターゲット層の30代前半のユーザーにはある程度刺さったものの、このクラスのクルマを購入するボリュームゾーンである40代以上のユーザーからはそこまでの人気を獲得するには至らず、徐々に尻つぼみ状態となってしまっていった。
その結果、1994年に登場した2代目セフィーロは、マキシマとの統合によって前輪駆動レイアウトへと変貌し、車名こそセフィーロを名乗ったが、どちらかというとマキシマ寄りのキャラクターを持つセダンに落ち着いてしまったのだった。
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