日産と三菱、トヨタとマツダと、自動車メーカー同士の提携ニュースは大きな話題となるし、そこに至る経営判断や商品戦略の変更は日本経済を揺るがす大きな決定となり、またクルマ好きにとっても大いに気になるところ。
そしてこれまで日本自動車界だけを見ても、大きな資本提携や経営判断による商品戦略の大きな変更は多々ありました。
ここでは「もしもあの提携話が実現していたら……」、「もしもあの時に撤退などの経営判断を下してなかったら……」という、「たられば」妄想ストーリーをお届けします。
はたしてどんなクルマが誕生していたか? おなじみの片岡英明氏に提案、監修していただき、お届けします。こういう妄想話ってクルマ好きの醍醐味ですよね〜。
企画監修、文:片岡英明、ベストカー編集部
2016年12月10日号「自動車メーカー栄枯盛衰史」より
■もしプリンス自動車が日産と合併してなかったら
プリンス自動車のなかで唯一ブランドが残っているスカイライン。当時も今も高性能が売り物だ。
もしプリンスが日産と合併していなかったら、出すクルマはすべて世界をリードする高性能車だったと思う。メカニズムに積極的に先進技術を盛り込み、EVやFCVも開発していただろう。
また、航空機メーカー出身だから、安全性能も飛び抜けて高いし、レースでも大暴れしていたはず。
◎妄想度数7…世界をリードする高性能車、見たかった
■もし日野が乗用車カテゴリーから撤退してなかったら
日野自動車は1967年のコンテッサ1300生産終了を最後に乗用車部門の自主開発から撤退。が、もしも乗用車を作り続けていたら、フレンチ風味の洒落たクルマを発表していたかもしれない。
さらに、リアエンジンを作り慣れているから、新型トゥインゴのような後輪駆動の秀作を生み出したに違いない。
またディーゼルエンジンのノウハウも豊富ゆえクロスオーバーSUVも誕生したはず。
◎妄想度数2…日本人がRRとフツーに接していたはず
■もしいすゞが乗用車を作り続けていたら
今ではトラックなど商用車のイメージが強いいすゞ自動車。かつてはトヨタ、日産とともに自動車御三家を形成した名門メーカーだ。ベレットや117クーペなどの名車を生み出し、ジェミニも柱のひとつとなった。
もし、いすゞが乗用車部門から撤退していなければ、質実剛健な本物志向の乗用車やスタイリッシュなクロスオーバーSUVが次々に誕生していたはず。
それらSUVに最先端をいくクリーンディーゼルも搭載。あのビークロスを進化させたスタイルで、世界中が欲しがるクルマの誕生だ。
◎妄想度数4…117クーペの21世紀版、見たいし、欲しい!
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