いつの時代にもパイオニアと言えるクルマは存在する。その一台が大成功を収めることでそれに続けと同様のクルマが他のメーカーから続々とリリースされ、それらが切磋琢磨することでさらに人気は高まる。
しかし、パイオニアでありながらも後発車にトップの座を譲ることなったクルマや、他のメーカーが追従することなく姿を消したクルマもある。今回は、さまざまな分野のパイオニアと言える存在のクルマたちの悲喜こもごもを振り返ってみたい。
文/藤原鉄二、写真/スバル、トヨタ、ホンダ、マツダ、FavCars.com
【画像ギャラリー】新市場を確立したパイオニアたちをもっと見る(21枚)画像ギャラリー枯れたオープン2シータースポーツカー市場を開拓 ユーノス ロードスター
コンパクトオープン2シーターは、ホンダ Sシリーズや、ダットサン フェアレディなど、1960年代には存在はしていたが、実用性が低く、一部のマニアックなユーザーのためだけのクルマというイメージで、決して気軽に乗れるクルマとは言えなかった。必然とも言うべきか、徐々にラインナップ数は減り、国産のオープン2シーターは1980年代には絶滅寸前に。
なかば休耕地状態だったオープン2シーターの市場を開墾したのが1989年、マツダからリリースされたユーノス ロードスターだ。軽量高剛性なボディで走りは軽快、1.6リッターで110psという御しやすいパワーと、とにかく幅広いユーザーが走りを楽しめるクルマに仕上げられていた。
さらに、価格も170万円台と手頃で、オープン2シーターが手の届く存在に。バブル経済も追い風となり堅調な売れ行きを見せ、最終的に初代は43万1506台を販売した。
その後、トヨタ ホンダなどの国内メーカーも追従してニューモデルをリリースしたが、ロードスターを凌駕する存在が現れることはなかった。
ロードスターのパイオニアたる所以は、海外での評価の高さだ。北米ではMX-5ミアータという名で販売され、日本以上のヒットを記録。それを追って、BMW、メルセデスベンツ、ポルシェ、フィアット、MGといった名だたる海外メーカーもコンパクトオープン2シーターの市場に参入するなど、ロードスターは世界を席捲したのだ。
それを象徴する存在が、フィアットとのコラボモデル、アバルト124スパイダーだろう。2016年に登場したこのモデルは搭載エンジン、フロントマスクなどには変更が加えられていたものの、ベースは2015年に発売された4代目ロードスターだった。
その後、1998年のフルモデルチェンジから名称がマツダ ロードスターと変更となり、現在は4代目として孤軍奮闘している。
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