クルマの基本性能、「走る」、「曲がる」、「止まる」はどれも大切な要素ですが、なかでも「止まる」は安全に走行するうえで重要です。その「止まる」を支えるのがブレーキです。
定期点検や車検整備でしっかりブレーキをメンテナンスをしている人がほとんどだと思いますが、もし手入れを怠ると、とんでもないことになります。
そこで、とんでもないことにならないようにブレーキシステムを構成するブレーキフルードやブレーキパッド、ローターなど、各部品ごとの正しいメンテナンス方法をモータージャーナリストの鈴木伸一氏がしっかりと解説します。
文/鈴木伸一
写真/ベストカーWeb編集部、Adobe Stock
■ブレーキフルードは定期的に交換するべし!
フットブレーキには「パスカルの原理」によって4輪に設けられたブレーキシステムを均等に作動させることができる「油圧式」が採用されており、ブレーキペダルを踏み込んだ踏力は油圧に変換され、各部に伝達される。
その油圧の伝達を担っている「ブレーキフルード」には以下のような条件が求められる。
●粘性が低い
●圧力による体積変化が少ない
●−50℃で凝固せず、200℃でも沸騰しない
このような条件を満たすため、主要成分として水溶性の「グリコール・エーテル」が一般的(レース用や一部の車種はシリコン系)に利用されている。
つまり、ほかの油脂類とは全くの別物なわけ。しかも、長期間、使っていると空気中の湿気を取り込むことで沸点が低下してくる。100℃で沸騰する水分が混ざり込んだことで低い温度でも沸騰するようになるからで、その結果として「ベーパーロック」を起こしやすくなる。
ブレーキシステムは制動時にはかなりの熱を発生するためハードな使い方をすると液温が上昇し、耐熱限界を超えて沸騰してしまうと気泡が発生する。
これが「ベーパーロック」と呼ばれる現象で、圧力が加わっても気泡がつぶれることで吸収してしまうため伝達力が低下。ブレーキペダルを踏んでも「フワフワ」した感触となり、ブレーキの効きが極端に悪くなってしまうのだ。
さらに、水分を含んでいるため、そのまま使い続ければマスターシリンダー(踏力を油圧に変換する部分)やブレーキシリンダー(ブレーキパッドを押し出す部分)の内壁にサビを誘発。その面を摺動するカップやシール類が酸化物の突起に擦れることで傷付き、圧力の低下や液漏れを引き起こす原因ともなる。
このため、「ブレーキフルード」は定期的な交換が必須! 水分の吸湿率は1年で3%といわれており、湿気の高い日本の環境下では2年も使用していれば確実に劣化し、透明だった液色が黄金色に変色(茶色くなっていたら末期)してくるからで、ベストな状態を保とうと思ったら1年毎。遅くとも車検時には交換する必要がある。
とはいえ、無交換で4〜5年経過したとしても、とりあえずブレーキは効いてしまうから厄介。しかし、これだけ放置するとブレーキ能力は間違いなく低下。効きが甘くなっており、走行条件によっては突然、危険な状態に陥る可能性が高まる。
また、マスターシリンダーの油圧を発生させるピストンのシールは、親指大のゴム製のカップ。それで1tを超える車重を受け止めているのだ。
油圧式ディスクブレーキの特徴の1つであるパッドとローター間のクリアランスを一定に保つ「自動調整機構」は、直径50mm前後(サイズは車種によって異なる)の角型断面のゴムリングの変形を応用したもので、これ1本で油圧力の保持も担っている。
当然、これらゴムパーツには耐油性の材質が使われているが、「ブレーキフルード」に浸った状態で何年も経過すれば侵されてふやけてくる。しかも、ピストンが絶えず前後することで摩耗もするため、年数が経過すると油圧力は確実に低下。最後には液漏れを引き起こす。このため、昭和のモデルでは4年に1回のオーバーホールが常識で、10万kmはとてもじゃないが持たなかった。
ところが、パーツの耐性が格段に向上した平成以降のモデルでは、10万kmは単なる通過点。15万km越えても普通に走れてしまうため、ディーラーでも「液漏れするまでそのまま」という対応が一般的となっている。
ただし、これも「ブレーキフルード」を定期的に交換していればの話し。これを怠って車検を3回も通し、茶色を通り越してドス黒く変色していたとしたら……。そんなクルマ、筆者は怖くて乗りたくはない。
免許取り立ての若かりし頃、そのような状況で走行中に突然ブレーキペダルが踏み抜け、減速できずに壁に激突した経験があるからだ。これが人やクルマが密集している場所で起こったとしたら、想像するだけで身震いしてしまう。
とにかく、ブレーキの効かないクルマは走る凶器以外の何物でもない。歩行者や周囲のクルマはもちろんのこと自身の安全のためにもブレーキだけはケチってはダメだ。
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