大女優 樹木希林が愛したクルマたち 圧巻の趣味のよさ

大女優 樹木希林が愛したクルマたち 圧巻の趣味のよさ

 当代きっての個性派女優・樹木希林さんが、晩年までご自身でハンドルを握るかなりのクルマ好きだったことは有名な話です。

 惜しくも2ヶ月半前の2018年9月15日、75歳で亡くなられましたが、その演技のみならず、CMやバラエティ番組などで見せる、時に歯に衣を着せぬ、時に底抜けにあっけらかんとした発言で耳目を集め続けました。そのいっぽうで、ご自身のキャラクターだけでなく、愛車として乗り継いだクルマたちの遍歴も、実はかなり玄人好みであるものの、マニア筋を納得させる美学を感じるラインアップなのです。

 そこで、本稿では過去にテレビ番組で樹木さんと共演した、日本自動車ジャーナリスト協会副会長の竹岡圭氏に、その時の思い出を語ってもらいました。懐かしの名車たちの面影とともに、どうぞ。

※本稿は2018年10月のものです
※本文中の「エンスー」とは、英語で「熱狂的な支持者」という意味を持つ「エンスージアスト」(enthusiast)を略した言葉のこと。

文:竹岡圭/写真:共同通信社、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2018年11月10日号


■番組収録中のエピソード

『おぎやはぎの愛車遍歴NO CAR’  NO LIFE!』(BS日テレ/毎週土曜21時から)が始まってから現在8年目、回数にしたら250回以上。ということで、本当にたくさんのゲストの方にお会いさせていただいております。

「そのなかで思い出深い方はどなたですか?」と、よく聞かれるんですけれど、樹木希林さんは間違いなくそのおひとり。だって、収録中にいきなりおにぎり食べ始めた方は、後にも先にも希林さんだけですからね。

 シトロエン・H・トラックを子育て用に購入し、小さい頃は現場に娘の也哉子さんを連れて行って、後部スペースで遊ばせながら子育てもできたから便利だった……なんてお話をされていた時に、突然希林さんがおにぎりを食べ始めたんですよね。

6/シトロエンHトラック……1947年に登場し、1981年まで生産された小型貨物車。日本へは1967〜1968年に関西日仏自動車が100台、1974〜1975年に東京三菱ふそうと西武自販で200台を輸入

 いやはやそんなこと私は生まれて初めて、さすがのおぎやはぎさんも希林さんとは初対面だし、ほかでもそんな対応はしたことなかったらしく、珍しく3人でアタフタしたのを覚えています。

 となると、そのおにぎりはいったいどこから出てきたんだ? って話になりますが、なぜかご登場シーンの座りトークの収録時から巾着袋を持っていらしたんですよね。

 収録中に荷物を持っている方っていうのも、これまた見たことがないんですけど、「私はマネージャーを持たない主義だから、荷物を見ててくれる人がいないの」と、おっしゃってました。とはいえ、控室は鍵もかかりますし、そこに置いてくるのがふつうです。だからなんとなく引っかかっていたんですよね。

3/シトロエン2CV……1949年に登場し、1999年まで生産されたシトロエンのFF小型乗用モデルでフランスの大衆車。希林さんは計7台を乗り継いだほどのお気に入りで、エアコンがなく、冬は毛皮を着て運転していたという

リアフェンダーは曲面を持つ脱着式構造。後輪を半分カバーする

375〜602㏄の水平対向2気筒OHVを搭載。車体前端なのが特徴

居住性を重視した2CVの内装。計器類やスイッチは必要最小限

 というワケで、その巾着袋のなかからおにぎりは出てきたのですが、ちょうどその後にお昼ご飯の時間に。だったのですが、「私はおにぎり持ってきているから」と、そのまま控室ではなく、座りトークセットの片隅でおにぎりを食べ続けていらっしゃったのを覚えています。

 ちなみに昼食以降の収録では、巾着袋は持っていらっしゃらなかったので、あれは深く考えられた仕込みだったのかもしれませんね。だって希林さん、バラエティはお得意中のお得意ですもの。

 そしてその場の勢いで、雰囲気に乗っかっていかれるタイプ、その見極めが鋭い方でした。なんたって流れの読み方がスゴい。「悠木千帆」という芸名を、勢いでオークションにかけちゃって「樹木希林」に改名されてらしたくらいですからね。

 そうそう、名前といえば、本名は「内田啓子さん」なんですよね。カメラが回っていない時に、夫である内田裕也さんのことを「でもあの人は……」とおっしゃってたのが印象的でしたね。さんざん迷惑をかけられたというのも事実でしょうが、とても深いところで信頼し合っていらっしゃったんだと思います。

 そこまで惚れ込める人を追い続けるのがいいのか、はたまた逆に惚れ込んでくれた人と結ばれるのが幸せなのか……、う〜ん難しい問題ですよね。まぁ、同じレベルで惚れ合えるのが最高なんでしょうけど。

9/ヴァンデンプラスプリンス……もとは英国とベルギーで馬車の車体を製造していたメーカーで、プリンセスはオースチンに買収された後、オースチンの大型セダンをベースにして登場した高級車

 さて、クルマに話を戻しますと、シトロエン2CVを7台乗り継ぎ、ヴァンデンプラスプリンセスを見た、いしだあゆみさんに「これなんてクルマ?」と聞かれても、真似されるから嫌だと教えなかったりしながら(笑)、番組にお越しいただいた時(2013年10月15日)の愛車はトヨタのオリジンでした。

「これが最後のクルマよ〜。気に入ってるし、私は全身ガンだから、来年のことはわからないから」と言いつつ、超小型モビリティにもご興味を持っていらっしゃったんですよね。

「右からも左からも乗れて、小さくて狭いところにもラクに入っていける便利なもの。でもデザインはヘンに未来的じゃないのがいいのよね。丸目が好きだから丸目のがいいわ」とのことだったので、また番組にお越しいただいて、いろいろ乗り比べしていただきたいな〜なんて、思っていたのですが……。

10/トヨタオリジン……トヨタの生産累計1億台達成を記念し、2000年に1000台限定で発売。モチーフは初代トヨペットクラウンで、シャシーはプログレなどと共通。観音開きドアが特徴

 もう一度お会いしたかったなぁと心から思える、吸引力のある女優さんでした。謹んで心よりご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

次ページは : ■希代の個性派女優は“自分”を貫いたエンスーだった

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