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「2022年本田賞」東京大学大学院工学系研究科教授 香取秀俊博士が受賞 〜300億年に1秒しか狂わない光格子時計を発明〜

配信元:HONDA
「2022年本田賞」東京大学大学院工学系研究科教授 香取秀俊博士が受賞 〜300億年に1秒しか狂わない光格子時計を発明〜

 公益財団法人 本田財団(設立者:本田宗一郎・弁二郎兄弟、理事長:石田寛人)は、2022年の本田賞を、従来の原子時計の1000倍の精度を実現する「光格子時計(ひかりこうしどけい)」を発明した、東京大学大学院工学系研究科教授 香取秀俊(かとりひでとし)博士(理化学研究所主任研究員/チームリーダー)に授与することを決定しました。

 1980年に創設された本田賞は、科学技術分野における日本初の国際賞であり、人間環境と自然環境を調和させるエコテクノロジー※1を実現させ、結果として「人間性あふれる文明の創造」に寄与した功績に対し、毎年1件の表彰を行っています。

 香取博士は2001年、光格子に捕獲した多数の原子を使って高精度の時間標準を作る、光格子時計という新しい手法を発明しました。時間の標準である国際原子時に用いられるセシウム原子時計※2の精度は約15桁※3ですが、光原子時計ではマイクロ波よりも周波数が高い光学遷移を利用することで、より高精度な18桁での時間測定が可能となります。

 これは1秒ずれるのに300億年かかる時計精度です。この時計精度では、「重力の強い場所ではゆっくり時間が進む」相対論的効果を使って、地上で1センチメートルの高低差を計測する相対論的測位が可能になります。

 たとえば、山腹に置いた時計の変位により火山のマグマの上昇を検知して噴火警戒レベルを判定するなど、防災の進化に大きな役割を果たすほか、新たな計測技術・研究分野が開かれると期待されます。

 エコテクノロジーの原点は本田宗一郎が語っていた「技術で人々を幸せにする」ことであり、より正確な1秒が実現できれば、人類に与えるインパクトは計り知れません。この画期的な発明をした香取博士の取り組みは、本田賞にふさわしい成果であると認め、今回の授賞に至りました。

 本年で43回目となる本田賞の授与式は2022年11月17日に東京都の帝国ホテルで開催され、メダル・賞状とともに副賞として1000万円が香取博士に贈呈されます。

香取博士の光格子時計の研究について

 精密な時間測定の重要性は、現代社会において年々高まりつつあります。衛星に搭載された原子時計による全球測位衛星システム(GNSS)や、電子取引などにおける基準時間、先端技術における精密計測など、精密な時間測定は現代社会のあらゆる活動に欠かせないインフラです。

 現在、国際単位系(SI)の「秒」は、質量数133のセシウム原子の超微細準位間の遷移に基づいて定義されています。セシウム原子時計(約9.2GHzのマイクロ波)を用いた国際原子時の精度は、約15桁ですが、マイクロ波よりも周波数が高い光学遷移を利用する光原子時計では、より高精度な原子時計を実現できる可能性があります。光原子時計の最有力候補は、絶対零度近くまで冷やした荷電粒子1つを電極の間にトラップし、100万回もの計測を繰り返して正確な振動数を測定するイオントラップ法と考えられてきました。計測には1回あたり1秒かかるため、100万秒(10日間)もの測定時間が必要でした。

 香取博士は、100万秒の平均をとる代わりに、一度に100万個の原子を測定することで、測定時間を劇的に短縮する光格子時計を発想しました。光の定在波※4で作った光格子に原子を捕まえ、原子運動に起因するドップラー効果を抑制するとともに、捕獲した多数原子の平均を取ることで量子雑音を低減します。このとき魔法波長※5のレーザー光で光格子を作れば、原子本来の周波数を変えることなく、高精度な原子時計を構築できることを提案し、実証しました。

光格子の模式図光格子の模式図。複数本のレーザーの干渉によって、卵のパックのような原子の入れ物(=光格子)を作ります。原子がこの容れ物の中に1つずつ収まるように入れます。© 2015 香取秀俊


 このような高精度原子時計は大掛かりで設置環境に敏感な装置であるため、主に実験室で研究されてきました。2020年4月、香取博士らの研究グループは小型化した2台の光格子時計を、東京スカイツリーの展望台と地上階の2カ所に設置して比較を行い、展望台の時間は地上より1日に10億分の4秒速く進んでいることを示す論文を発表し、世界に衝撃を与えました。

 この実験では、時間の進み方の違いを高精度に計測することで、わずか450メートルの高低差にもかかわらず、ロケットや人工衛星を用いた従来の宇宙実験と比肩する精度でアインシュタインの一般相対性理論の検証に成功しました。この成果は、高精度時計による相対論的測位を実社会に適用する第一歩となりました。

 現在、香取博士は光格子時計のさらなる小型化、堅牢化と実用化に取り組んでいます。スカイツリー実験で用いた装置の体積はおよそ1000Lですが、その体積を1/5にする小型機の開発が進んでいます。小型化した時計の常時安定動作が可能となれば、各地に配置することによって光格子時計ネットワークが形成できます。
 
 これらの時計群は、GNSSより遥かに高精度な時間を与えるばかりか、重力による時空のゆがみを検出することで地上の環境、海洋、気象、地殻変動の精緻な監視と探査を可能とします。たとえばリアルタイムに地殻変動を検出することで、地震予知につながる可能性もあります。
  • ※1エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱
  • ※2セシウム原子時計:セシウム133を用いた原子時計。原子時計は、原子がある特定の周波数の電磁波しか放出・吸収しないという性質を利用して作られている。セシウムが放出・吸収する電磁波が91億9263万1770回振動する時間を1秒の長さとして定義されていて、国際原子時の校正に用いられる。精度は6000万年に1秒ずれる程度。1967年の第13回国際度量衡総会において、セシウム原子時計を世界標準時計として採用することが決議された
  • ※3精度 約15桁:10の-15乗秒まで測れるほどの精度
  • ※4定在波:空間に固定された一定の振幅分布をもった周波的波動
  • ※5魔法波長:時計遷移に用いる2つの電子状態の電気分極率が等しくなる波長のこと。原子の分極率は電子状態によって異なるため、生じる光シフトも電子状態によって異なる。その結果、光格子中では、2つの電子状態間の光シフト量の差分だけ共鳴周波数が変化する。ところが、魔法波長のレーザー光で光トラップを作ると、2状態の電気分極率が等しくなり、共鳴周波数の変化をゼロにできる

香取 秀俊 博士

東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
国立研究開発法人理化学研究所
 香取量子計測研究室 主任研究員/
 光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム
 チームリーダー
国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業
 プログラムマネージャー
香取 秀俊 博士

生まれ
1964年9月27日 日本

 


学歴
1988年 東京大学工学部物理工学科卒業
1990年 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 修士課程修了
1994年 東京大学大学院 論文博士(工学)

 


職歴
1991年 
 東京大学工学部 教務職員
1994年
 東京大学工学部 助手
 ドイツ マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員
1997年
 科学技術振興事業団 ERATO五神協同励起プロジェクト 基礎グループリーダー
1999年
 東京大学工学部 附属総合試験所 協調工学部門 助教授
2005年
 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教授
 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST研究代表者
2010年~現在
 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
2010年~16年
 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO香取創造時
 空間プロジェクト研究総括
2011年
 理化学研究所 基幹研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員
2014年~現在
 理化学研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員/光量子工学
 研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム チームリーダー
2014年~22年
 ドイツ チュービンゲン大学Distinguished Guest Professor
2018年~現在
 科学技術振興機構 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
 「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」プログラムマネージャー

 


受賞歴
2001年
 丸文研究奨励賞
2005年
 欧州周波数時間フォーラム賞
 日本学術振興会賞
 ユリウス・シュプリンガー応用物理学賞
2006年
 丸文学術特別賞
 日本IBM科学賞
2008年
 ラビ賞
2010年
 市村学術賞 特別賞
2011年
 光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)
 文部科学大臣表彰・科学技術賞
 フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞
2012年
 朝日賞
2013年
 東レ科学技術賞
 藤原賞
 仁科記念賞
2014年
 紫綬褒章
2015年
 日本学士院賞
2016年
 応用物理学会業績賞
2017年
 江崎玲於奈賞
2020年
 服部報公会90周年特別賞
 墨子量子賞
2022年 基礎物理学ブレイクスルー賞

 


主な会員等
 日本物理学会、応用物理学会、レーザー学会、American Physical Society、日本工学アカデミー

詳細はこちらのリンクよりご覧ください。
https://www.honda.co.jp/topics/2022/c_2022-09-30.html?from=mediawebsite

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