「世界最速」の目標を達成した、空冷3気筒エンジンの祖「500SS MACHIII」

「世界最速」の目標を達成した、空冷3気筒エンジンの祖「500SS MACHIII」

取材協力:バイク王つくば絶版車館

 国産バイクとして初めて「世界最速」の称号を得たカワサキの「500SS MACHIII」は、広大なアメリカ市場におけるカワサキ製バイク拡販の起爆剤となった。

文/後藤秀之

 
 
 

アメリカ市場を開拓するための新型車開発

 バイクにおいて「速い」ということはひとつの価値基準であり、多くのメーカーが目指してきた道だ。1960年代まではトライアンフを筆頭とするイギリス製のバイクが世界最速を競っており、トライアンフは1956年にボンネビルのソルトフラッツで時速214マイル(約344km/h)を記録し、その栄光を受け継いだボンネビルT120はその象徴とも言えた。

 速いバイクはヨーロッパはもちろん、北米でも人気が高く、市場の大きい北米を目指して日本のメーカーも「速いバイク」の開発に心血を注いだ。今でこそ日本製のバイクは世界最速の座を何台かが獲得しているが、1960年代まだ黎明期と言えた日本のスポーツバイクにとって、「世界最速」は遠すぎる目標であった。

 戦後の焼け野原からの復興を目指していた川崎重工業の明石工場では、タイプライターなどの製造をしつつ復興の次の段階としてバイクの製造が始まろうとしていた。そして、自転車に取り付けるタイプのエンジンから始まり、小型のバイクの製造へと幅を広げていくと、バイク製造は少しずつ上向いていく。

 大きく成長するためのバイクの販売先としてアメリカをターゲットにしたカワサキは、アメリカでの販売網を広げるための戦略車として、1966年に空冷2ストローク並列2気筒247ccエンジンを搭載した「A1サムライ」を開発。カワサキ初の本格スポーツモデルとなったA1サムライは走行速度165km/hと高い性能を発揮、翌1967年にはボアアップにより338ccとなったエンジンを搭載し、最高速度175km/hの「A7アベンジャー」もアメリカ市場に投入された。

 
 
 

3気筒と2気筒が検討されたパワーユニット

 当時のアメリカではハーレーのスポーツスターやトライアンフのボンネビルといった大排気量の4ストロークエンジン搭載車が速いとされており、ゼロヨンを好むアメリカ人にとって「速い」とは加速力に優れたバイクであると当時のアメリカ市場担当者は気がついたという。そして、アメリカ市場を開拓するために「世界最速」を目指す新しいバイクの開発が始まる。

 新型車のエンジンは2ストロークの3気筒と2気筒が検討され、3気筒先行で開発が進められたといい、開発コードは3気筒が「N100」、2気筒が「N110」であった。世界最速の最高速とゼロヨン性能を実現するためには回転数を上げなければならないが、ピストンスピードに対するメカニカルロスがある回転域から増える。そのため、それ以下の回転数で最高出力を発生する必要があり、3気筒がメインで開発が進められた主な理由だという。ただ、3気筒は真ん中のシリンダーに冷却の問題が出てしまい、これを解決するために風洞実験によって中央のシリンダーの冷却の可能性を探ったという。また、2ストロークの場合汚れやすい場所がありポイントの寿命が短かったため、CDIの採用を決断。これによってメンテナンス性が向上し、カブりや汚れに強い沿面プラグの採用が可能となった。

 この開発努力の結果空冷2ストロークピストンバルブ並列3気筒498ccの新しいエンジンが完成。最高出力60PS/7500rpm、最大トルク5.8kgm/7000rpmを発生するこのエンジンを搭載し、「500SS MACHIII」が誕生した。



撮影車には定番のカスタムパーツである一文字ハンドルが装着されており、低くスポーティな印象が強められている。



マフラーは右に2本、左に1本出されるため左リアビューには軽快で、タンク、シート、サイドカバーのバランス良さを感じさせる。



空冷2ストロークピストンバルブ並列3気筒エンジンは、498ccの排気量ながら最高出力60PS/7500rpm、最大トルク5.8kgm/7000rpmを発生。



クランクケースは上下2分割タイプで、クランクピン部はクロームモリブデン肌焼鋼製、クランクウェブおよびジャーナル部はクロームモリブデン鋼によって作られ、6個のベアリングで支持される。



シリンダーから突き出た3本のエキゾーストパイプ。シリンダーは鋳鉄スリーブ入りアルミ合金製で化学的に結合密着されて放熱効果が高く、掃気は5ポートとされている。

 
 

「世界最速」を初めて勝ち取った日本製バイク

 今回撮影させたいただいたのは初期モデルであり、いわゆる「エグリタンク」が装着されている。500SS MACHIIIのフレームはノートンマンクスのフェザーベットフレームを参考にしたスチル製のダブルクレードルフレームで、後のZ1などのフレームデザインの基礎となった。



いわゆる「エグリタンク」は初期モデルにのみ装着され、1971年のH1Aからはデザインが変更された。



低めの一文字ハンドルを取り付けても、上半身はそれほど前傾しない。ステップ位置も自然な感じで、全体的にリラックスしたポジションだ。



身長171cm、体重65kgのライダーが跨った状態。両足を着くとかかとが浮くが、不安を感じる程ではないだろう。



シンプルなデザインのヘッドライトとウインカーは、この時代のバイクとしては標準的なものと言えるだろう。



スピードとタコの同径2眼タイプのメーター。タコメーターのレッドゾーンは8500rpmからとなっており、インジケーターランプが内蔵される。



アルミ地肌のスイッチボックスには、ホーン、ウインカー、ヘッドライトの切り替えスイッチなどが取り付けられる。



右側のスイッチボックスにはチョークレバーのみ取り付けられている。今見るとクラシカルに感じるグリップは、当時の標準的なものだ。



フラットなデザインのシートはパイピング仕上げとなり、エンド部分には「KAWASAKI」のエンブレムがプリントされている。



自体を感じさせるメッキ仕上げのスチールフェンダーが装備され、特徴的なデザインのテールライトがその上に取り付けられる。

 サスペンションはフロントに当時としては最先端装備であった34mm径のテレスコピックフロントフォークを採用し、リアはスチール製のスイングアームとプリロード調整付きのツインショックが採用された。ステアリングダンパーも装着され、ブレーキはフロントの2リーディング式ドラムブレーキなど当時としては最高の装備が採用された。また、トップブリッジの中央にはステアリングの動きを調整するためのノブが装備されており、道の悪い場所では動きを硬くすることができた。当時のバイク用のタイヤは200km/hに対応できるものが無く、実際に高速でバーストするなどのトラブルが起こった。SS500 MACHIIIの最高速度に対応するため、ダンロップが従来のレーヨンコードからナイロンコードへ変更した「K77」というタイヤを専用に開発している。



左のサイドカバーには「MACHIII 500」のエンブレムが入る。「MACHIII 」は「速い3気筒」を意味する。



右のサイドカバーの後ろ側にはオイルフィラーキャップが配置され、CDI点火を意味する「ELECTRIC IGNITION」のロゴが入る。



右側に2本出されたマフラー。ここから盛大に吐き出される白煙は、MACHIIIの象徴とも言えるものだった。



フロントには34mm径のテレスコピックフォークが奢られ、ブレーキは2リーディング式ドラムブレーキとなる。



1本のマフラーが出る左側。スイングアームはスチールパイプ製で、プリロード調整付きのツインショックと組み合わされる。



リアブレーキはリーディングトレーリング式で、放熱口が設けられているのが特徴だ。

 「500SS MACHIII」は当時最速と言われたノートンコマンドの最高速度200km/h、ゼロヨン12.8秒を超える、最高速度200km/h、ゼロヨン12.4秒という性能を発揮。名実ともに「世界最速」の称号を得るに至った。しかし、同年ホンダが最高速度200km/h、ゼロヨン12.4秒という500SS MACHIIIと同等の性能を持つ「ドリーム CB750FOUR」を発売。フロントに油圧式のディスクブレーキを装備し、トータル性能での世界最速の座を奪われることとなった。

 ただ、あるインタビューで当時のカワサキ関係者は、「アメリカ市場を本当に開いたのはマッハ。その影響でヨーロッパでも売れ、マッハの利益はZ1の開発費用となった」という旨の発言をしており、500SS MACHIIIが無ければ現在のカワサキ製バイクは無かったのかもしれない。



「KAWASAKI」の名を世界に轟かせた「500SS MACHIII」は、世界のバイク史に名を残す1台となった。

500SS MACHIII主要諸元(1969)

・全長×全幅×全高:2095×840×1080mm

・ホイールベース:1400mm
・車両重量:174kg

・エンジン:空冷2ストロークピストンバルブ並列3気筒498cc

・最高出力:60PS/7500rpm

・最大トルク:5.85kgm)/7000rpm
・変速機:5段リターン

・燃料タンク容量:15L
・ブレーキ:F=機械式ダブルリーディング、R=機械式リーディングトレーリング

・タイヤ:F=3.25-19、R=4.00-18
・価格:29万8000円(当時価格)

撮影協力:バイク王つくば絶版車館



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