北海道留萌市在住の写真家・佐藤圭さんが撮った貴重な動物、風景写真をお届けする週末連載。第11回は、エゾヒグマです。
今から106年前の大正4年、エゾヒグマが民家を襲い、開拓民7人が死亡、3人が重傷を負った、日本史上最大の獣害事件「三毛別事件」。
この事件を題材にした作家吉村昭さんの『羆嵐』を初めて読んだときは、どんなホラー小説より怖くて震え上がりました。
この事件が起こった北海道苫前(とままえ)町と、その8年後、史上2番目に大きな被害を出した「石狩沼田幌新事件」が起こった沼田町は、圭さんが住む留萌のすぐ近くなんです。
ばったり出会ったらとても危険なエゾヒグマ。いつも山で動物たちを撮影している圭さんはどのように付き合っているのでしょうか。
写真・文/佐藤圭
画像ギャラリー……サケ漁に勤しむエゾヒグマ
最近、ヒグマに襲われる事故が急増中
北海道では、4月に入り暖かい日が続くと、野生動物の撮影で山に入るときに、気にかけておかなくてはならないことがあります。
北海道の春は、エゾヒグマが冬眠から目覚める時期なのです。
僕は、山に入ったら、ヒグマと鉢合わせを避けるため、痕跡を入念にチェックし、見通しが悪い場所では細心の注意を払います。
熊鈴は、鳴らすと他の動物も逃げてしまうので使用しません。もちろんヒグマがいる可能性が高そうな場所では、大声をあげて手を叩きます。それで、たいていのヒグマは警戒心があるので離れて行ってくれます。
また、いざというときのために、熊撃退スプレーは必ず所持するようにしています。
まだ間近で遭遇したことはありませんが、遠くから見かけたことは何度かあります。望遠レンズで観察していると、「こんなに大きな哺乳類が北海道に生息しているのか」と感動します。
エゾヒグマは、北海道の自然の豊かさの象徴だと僕は思います。アイヌの人々が、山の神キムンカムイと崇めたのもうなずけます。
最近は、ヒグマの個体数が増えているらしく、道路にも出てくることがあります。道路で見かけても、車を停めて観察したりせず、すぐに立ち去りましょう。
元来、警戒心の強いヒグマが人馴れしてしまうことは、お互いにとって百害あって一利もありません。
最近、ヒグマに襲われる事故が増えています。
その多くは、山菜採りやキノコ狩りの最中に起こっています。本州でツキノワグマに襲われる事故もこのケースが多いようで、それにはいくつかの理由があります。
まず、山菜やキノコは、藪の中でしゃがんで採取します。採っている人は、ほとんど動かないので熊鈴は鳴らず、薮に隠れて姿も見えません。ヒグマのほうも気が付かずに近づいてしまい、鉢合わせすることになります。
突然の遭遇に、臆病なヒグマは気が動転して人を襲ってしまうのです。
もう一つは、ヒグマの食料に対する執着心です。
ヒグマは、自分が食べると決めたものを横取りされるのをとても嫌います。「明日、食べよう」と思っていた山菜を人間にごっそり奪われると、奪った人間を探します。それが、元々は気が弱いヒグマが人間を襲ってしまう一番の原因ではないかと思います。
山菜を採るのは、ヒグマのエサを奪う行為でもあるのです。
もちろん、子熊を連れているヒグマは、子を守るために人間を襲うことがありますし、出会った人間が走って逃げると追う習性があるなど、ヒグマに襲われる事故にはさまざまな要因があります。
冬眠明けは、山にまだエサが乏しいため、お腹をすかせたヒグマたちはテリトリーを拡大しています。この時期、山に入るときは、常にヒグマは側にいると考えて、注意して行動しています。
佐藤 圭 kei satou
1979年、北海道留萌市生まれ。動物写真家。SLASH写真事務所代表。フランスのアウトドアブランド「MILLET」アドバイザー。
日本一の夕陽と称される留萌市黄金岬の夕陽を撮影するために写真家の道に入る。北海道道北の自然風景と野生動物を中心に撮影を続け、各地で写真展を開催し、企業や雑誌、新聞などに写真を提供している。
2018年、エゾナキウサギの写真「貯食に大忙し」で第35回『日本の自然』写真コンテスト(主催:朝日新聞社、全日本写真連盟、森林文化協会)で最優秀賞受賞。
ウェブサイト:https://www.keisato-wildlife.com/
Facebook:https://facebook.com/kei.sato.1612
インスタグラム:https://www.instagram.com/slashslash_photography/
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