■細部へのこだわりと道具としての実用性で大ヒット「初代 マツダ デミオ」
ユーノス・ロードスターやアンフィニ・RX-7といった名車を輩出したいっぽう、バブル崩壊後の1990年代中盤には多チャンネル化などの影響による販売不振に陥り、その経営をフォードに握られるという厳しい状況に陥っていたマツダ。
新車開発にも潤沢なコストや時間をかけることのできず、クルマ好きからの期待値も低下していた。
そんな状況のなか、既存車種のプラットフォームをうまく利用することで、低コスト・短期間での市場投入を実現し、起死回生の大ヒットとなったのが1996年に登場した初代マツダ デミオだ。
急造ではあったものの、その造りにはマツダならではのこだわりが随所に盛り込まれ、全長わずか3.8mというコンパクトサイズながら、高めの車高と合理的なパッケージングで、大人4人がしっかりと乗れる広さを確保。
“小さく見えて、大きく使える”画期的なクルマへと仕上げられた。
さらに、後部座席はシートスライドやリクライニングすることで多彩なアレンジが可能なうえ、折りたためば自転車など大きな荷物まで積むことができる積載性の高さや、当時流行していた背の高いミニバンでは利用することができなかった、機械式駐車場にギリギリ入る全高といった、使い勝手の良さもユーザーの心を掴んだ。
また、一部口の悪い人からはチープと言われたシンプルなワゴンスタイルも、バブル時代のクルマとは打って変わった機能的なイメージを醸し出し、好評を得ることに。
1998年3月には月間販売台数が1万4千台を超えるなど、その後も好調な売り上げをみせ、当時のマツダを経営危機から救ったまさに“救世主”となった。
【画像ギャラリー】出したら一転! 大ヒットとなったクルマをもっと見る(13枚)画像ギャラリー■軽トールワゴンというカテゴリーを生み出した革命児「初代ワゴンR」
今でこそ、街中を走る姿を頻繁に見ることができ、数あるクルマのカテゴリーのなかでも当たり前の存在となっている軽トールワゴン。その元祖ともいえるのが初代ワゴンRだ。
その登場は1993年。当時、軽自動車といえば背が低い乗用車タイプか商用車を中心としたワンボックタイプが主流で、軽自動車=狭くて窮屈というイメージが当たり前の時代であった。
そんな状況のなか、初代ワゴンRは室内の狭さを改善するための手段として、すでに規格の制限いっぱいであった横方向ではなく縦方向へとボディを延ばすことで余裕のある広々とした空間を実現。
この発想が爆発的なヒットへとつながった。
1987年にはそのプロトタイプも完成していたという初代ワゴンRだが、さまざまな社内事情と「前例のない軽トールワゴンが果たして売れるのか?」という疑念もあり、その登場は当初の予定からは大きく遅れることに。
また、バブル崩壊のあおりを受け、スズキをはじめとする自動車メーカー各社の経営も厳しい状況のなか、初代ワゴンRの開発コストも当然のごとく抑えられ、フロアパネルやサスペンションなどは4代目セルボ(セルボモード)からの流用であった。
いっぽうで、フロアを二重構造とするというアイデアでフラットな床面を実現。加えてこれは、圧迫感ない足元空間の広さや、視点が高くなることによる視認性の向上にも貢献することに。
また、奇抜とも思えるスクエアなボディスタイルもオシャレだという評価へとつながり、右リアのドアを廃した1+2ドア、後部シートにはヘッドレストなしという仕様も、ある意味、割り切った潔い道具としてメインターゲットとされた若い男性のみならず幅広い層から支持されることとなった。
その後登場したダイハツ・ムーブや2代目ホンダ・ライフといった類似車種も含め、軽トールワゴンはちょっとブームにとなり、今や軽自動車のなかでは主役ともいえる存在に。
前例なき新たな道を切り開いた初代ワゴンRは、まさに軽自動車史に残る名車と言っても過言ではないだろう。
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