いまだにファンの多いシルビア。でも2代目シルビアって、ロータリーエンジンを積んでデビューする予定だった!? 影が薄いと思われがちなこのモデルだが、そこには知られざる運命の分かれ道があったのだ。
文:小鮒 康一/画像:日産
【画像ギャラリー】影が薄い? だからどうした!! 歴代を見よ! 日産 シルビアはロータリーを積まなかったからこそ美しいんだろ!!(17枚)画像ギャラリーシルビアのなかでも意外に影の薄い2代目
日産シルビアといえば、1988年に登場した5代目から最終型となる7代目までは手ごろなサイズにターボエンジン搭載グレードもあるFRモデルとして、未だにドリフトユーザーに高い支持を集めているだけでなく、現在では状態の良いモノは新車価格を超えるプレミア価格で取引される人気モデルだ。
また1965年に登場した初代モデルは職人の手による継ぎ目のない美しいボディを持つスペシャリティーカーとして知られ、3代目、4代目モデルはスーパーシルエットでの活躍を覚えている人も多いと思うが、その一方でマイナーな存在となってしまっているのが2代目モデルだ。
実はロータリーエンジンを搭載する予定だった2代目シルビア
1968年に初代モデルが終売してから7年振りとなる1975年に復活した2代目シルビア。セミハンドメイドのボディを持っていた初代とは打って変わって、ややクセのあるデザインは北米市場を意識したもので、彼の地のキャリアウーマンなどをターゲットとしていたと言われている。
そんな2代目シルビアは1.8Lの排気量を持つ直列4気筒エンジンを搭載して登場しているが、実は当初の予定ではロータリーエンジンを搭載して登場する予定だったのだ。
そのロータリーエンジンはマツダと同じくNSUヴァンケルが開発したものをベースとしており、1972年に開催された東京モーターショーに、500cc×2ローターでペリフェラルポートを採用し、ダウンドラフト4バレルキャブレターやツインプラグを備えたロータリーエンジンを搭載したサニーエクセレントクーペを出展していた。
この時は翌年1973年の秋以降にロータリーエンジンを搭載したモデルを発売予定とアナウンスしており、当初の予定ではこのモデルこそが2代目シルビアになる予定だったのである。
頓挫したからこそつなぐことができた?
しかし時を同じくして世界を襲った第一次石油危機(オイルショック)の影響や、マツダが保有する周辺特許の絡みもあってか世に生み出されることはなく、2代目シルビアも急遽レシプロエンジンを搭載するモデルとして再開発がなされて1975年に登場したというワケなのだ。
1973年に登場するハズだったモデルであると考えれば、ケンメリスカイライン(1972年登場)にも通ずる彫りの深いフロントマスクやCピラーの処理などに当時のトレンドを感じることもできる。
このように当初の予定通りロータリーエンジンを搭載して登場することは叶わなかった2代目シルビアだったが、だからこそ後に続くシルビアの歴史を紡ぐことができたとも言えるかも知れず、運命のイタズラを感じざるを得ないのだ。




















コメント
コメントの使い方2代目シルビア買って、日産に努めて居る友達に見せに行くと、いきなり笑われました!何でもサニーのやっすい車体にぼったくりの値段だそうです。そう言えば後ろ板バネです。先輩載せて高速道路走っていたら、今すぐ止めろ!ボンネットしまってない。止めてボンネット見ても閉まっています。でもグラグラです。車検に出して燃料ホースからガソリン漏れなど色々あり3年で売ってしまいました