トヨタ・トヨペット・カローラ・オートに次ぐ、第5のチャネルとして登場したビスタ店。その店の看板商品となったのが、カムリと姉妹車のビスタだった。現在は、チャネル名も車名も消えてしまっている。しかし、ビスタ店や乗用車のビスタがなければ、今の自動車販売は大きく違うものになっていただろう。クルマ通なら知っておきたい、ビスタの功績に迫っていく。
文:佐々木 亘/画像:ベストカーWeb編集部、トヨタ
【画像ギャラリー】トヨタが賭けた「ビスタ」の野心。尖りまくった独自の空気感を振り返り!!(15枚)画像ギャラリートヨタ第5のチャネルとして誕生
1980年、トヨタは沖縄を除く全都道府県に新たな販売チャネル「ビスタ店」を開設した。既存4チャネル(トヨタ・トヨペット・カローラ・オート)の間を埋める役割を担った第5のチャネルで、比較的上級・個性派の車種を中心に扱う店として出発している。
「VISTA」は英語で「展望」を意味し、頭文字のVには勝利のVとローマ数字の5(トヨタ5番目のチャネル)という二重の意味が込められていた。名前そのものに、トヨタが新チャネルへかけた期待の大きさが表れている。
自動車販売の常識を変えた店舗戦略
ビスタ店が自動車業界に与えた最大のインパクトは、販売手法の革新にある。当時の自動車販売は営業マンが顧客の自宅を訪問するスタイルが主流だった。ところがビスタ店はショールームでの店頭販売を積極的に推進し、総受注の4分の1を店頭で獲得するという実績を打ち立てるのだ。業界全体がその成果に驚き、こぞって追随したというから、その衝撃がいかに大きかったかがわかる。
さらにビスタ店は、自動車ディーラーとして日曜営業をいち早く導入した。斬新な店舗デザインや広告宣伝への積極的な投資も相まって、開業初年度の販売台数は目標を大幅に上回る5万1000台を記録。今では当たり前となった「クルマを買いに店へ行く」という文化は、ビスタ店が切り開いたものといっても過言ではない。
看板車種「ビスタ」の誕生と進化
チャネル開業から2年後の1982年、満を持して登場したのが乗用車のビスタだ。カムリと姉妹関係にあった初代から4代目までは、合理的なセダンとして着実な歩みを続けたが、際立った個性があったわけではない。転機が訪れたのは1998年のフルモデルチェンジ、5代目への刷新だった。
この最終型ビスタで特筆すべきは、そのパッケージングの大胆さだ。5ナンバーサイズの枠内に収めながら、全長4,645mmのボディに対してホイールベースを2,700mmも確保。さらに従来のセダンより75mm高い座面と、1,505mmに及ぶ高めのルーフが組み合わさることで、セダンとは思えないほどゆとりある室内空間を実現した。
機能面でも革新的だった。セダンでありながらコラムシフトを採用し、前後席間のサイドウォークスルーを可能にしている。乗り降りも楽で、ミニバンに近い感覚で乗れるセダン、それが5代目ビスタだった。「セダンであるがセダンではない」という表現がぴったりのクルマだったが、あまりに先進的すぎたためか、当時の市場では大きな反響を呼ぶには至っていない。
消えゆくビスタ、しかし遺産は生き続ける
5世代21年の歴史に幕が下りたのは2003年のこと。翌2004年にトヨタは国内販売を4チャネル制へ移行し、ビスタ・オート店はネッツ店として生まれ変わった。チャネルからも車名からも、「ビスタ」の名は消えている。
その後を追うと、ビスタ店が培ったユーザーファーストの店舗運営はネッツ店に引き継がれ、独自の個性や上質さはレクサスの世界へと受け継がれていったように見える。しかしビスタというクルマのつくり方、「独創的なパッケージング哲学」が直接的な形で継承された痕跡は、残念ながら見当たらない。
もし5代目ビスタが現代に甦るなら、どんなクルマになるだろう。あのパッケージングにハイブリッドシステムを組み合わせれば、今の時代にも十分通用するヒット作になりえると思う。実用性と居住性を高次元で両立しながら、セダンの上品さも兼ね備える、そんなクルマへのニーズは、現在も確かに存在するからだ。
ネームバリューこそ決して大きくはなかったビスタ。しかしこのクルマとチャネルが残したものは計り知れない。クルマの売り方を変え、セダンの可能性を押し広げたビスタの功績は、現代の自動車産業の土台に静かに、しかし確かに刻み込まれている。
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