またもや自動車による悲惨な事故が起きてしまった。ましてや将来有望な17歳の高校生が犠牲になってしまった。なぜこのようなことが起きるのか、そしてそこには明らかに学校側の交通安全に対する意識の希薄さが見え隠れしている。自動車メディアとして、絶対に許せない防げたはずの事故。あえて声を上げたい。
文:ベストカーWeb編集部/画像:日野、トヨタ、Adobe Stock(トビラ写真=OlafGedanitzCreative@Adobe Stock)
※画像はイメージです
16歳が車外に投げ出された「防げたはずの」悲劇

2026年のゴールデンウィーク最終盤、編集部にも衝撃が走った。福島県郡山市の磐越自動車道で、部活動の遠征中だったバスが横転。ひとりの男子生徒が車外に投げ出され、命を落とした。
報道によれば、事故を起こした車両は、学校がバス会社に委託したものではなく、顧問の知人である68歳の男性が運転していたという。ここに、今回の事故が「起きるべくして起きた」と言わざるを得ない、学校側の致命的な安全意識の欠如が透けて見える。
学校教育のなかにおいて、事故は避けるべき最優先の要素だ。それでも雨天時に校舎内を走ってガラスを割ってしまう、修学旅行中に迷子になった、地元の不良に恐喝されたなどの事故は起こる。しかし死亡事故はあってはならぬことであり、炎天下での部活動、体育での武道や理科実験などリスクを伴う活動では幾重にも安全対策が施されているのはご存知の通り。
しかし学校教育のなかでも安全意識が希薄になるのが、車両による移動行為だ。修学旅行、そして社会科見学など車両での移動を伴うケースにおいては、必ず「プロを介した移動」を行うことは大前提だ。しかし読者のなかには、課外活動などで保護者の運転による複数の児童・生徒の移動や、遠征で学校保有のマイクロバスを部活動顧問が運転するシーンを見た人もいるだろう。
このような保護者や教員が他の児童・生徒の命を預かるによる移動は、やむを得ないケースがあるのは重々承知しているが、自動車メディアしては命と引き換えにするリスクを冒してまでする行為ではないと断言する。
移動はプロに任せることが最大のリスクヘッジであり、なぜ、プロのバス会社に依頼しなかったのかという点が今回の事故の最大の争点になる。 おそらくは「経費削減」や「融通が利くから」といった安易な理由だろう。
しかし、「人を乗せて高速道路を走る」という行為は、一歩間違えれば死亡事故に直結することであり、ましてや約20名の高校生の命を預かるのは「並大抵の責任感」では足りない。プロならば運転の怖さも知っている。バスドライバーが「無事故で車庫に戻った時の安心感に変え難いものがない」とよく語るのはそのためだ。
学校側が価格のために知り合いのバス会社に丸投げし、レンタカーを手配させ、さらに営業担当者の知人に運転をさせる感覚は、本当に命を軽視した行動だ。バス会社にその責を負わせようとする動きもあるが、これは違うだろう(バス会社は学校に冷たく思われようが、お得意様だろうが断ればよかった)。
学校側がコスト重視で手配をしていたという報道が事実であれば、生徒の命を預かる教育機関として、あまりにも「移動」というリスクをなめすぎていると言わざるを得ない。「プロに頼んでおけばよかったのに」という、最善の選択肢を選ばなかった後悔を今更しても遅すぎるのだ。






コメント
コメントの使い方