クルマ選びで見落としがちなのは、カタログ数値や装備表には出てこない“動き出しの質”だ。ドアを開け、座り、ステアリングやペダルに触れ、ほんの少し走らせるだけでも、そのクルマの作り込みは意外なほど表れてくる。限られた試乗時間の中で、いいクルマを見抜くための感覚を磨いておきたい。
文:中谷明彦/写真:ベストカーWeb編集部
※記事中の写真はイメージです
試乗すればすぐ良いクルマかどうかわかる
タイヤが3回転もすれば、クルマの本質は見えてくる。クルマを購入するという行為は、多くの人にとって人生でも極めて大きな買い物のひとつである。おそらく住宅購入を除けば、これほど高額で、しかも日常生活に密接に関わる耐久消費財はそう多くはないだろう。
しかし、その一方で、我々は本当にクルマの本質を理解したうえで購入しているだろうか。多くの場合、ユーザーはスタイリングやブランドイメージ、内装の質感、あるいは大型ディスプレイや先進装備といった見える価値によって購入を決断している。
もちろん、それらも商品価値の一部ではあるが、本来クルマとは、走る・曲がる・止まるという走行性能を根幹とする製品であり、実際に触れて動かし、感じなければ理解できないものだ。理想を言えば、購入前にじっくり試乗し、日常環境で使い込み、その車が自分の感性と合うかを確認するべきだ。
しかし現実にはそれは難しい。特に都市部ではショールーム内で車両を眺め、座り、装備を確認する程度しか許されないケースがほとんど。それでもなお、限られた時間の中で良いクルマを見抜く方法はわずかながら存在する。
我々テストドライバーの世界には、古くからこんな表現がある。「本当にいいクルマは、タイヤが3回転すればわかる」。これは決して誇張ではない。クルマは動き始めた瞬間から膨大な情報を発している。車体剛性、サスペンションの減衰特性、タイヤの接地感、ステアリング系のフリクション、パワートレインの振動処理など、あらゆる要素が最初の十数mの中に凝縮されているのである。
そしてその兆候は、走り出す以前から始まっている。
クルマに乗り込む瞬間から「全て」は決まる
まず確認すべきはドアだ。ドアを開けた瞬間、そのクルマの設計思想はかなりの部分まで露呈する。重い・軽いという単純な話ではない。重要なのは、開き始めの初期抵抗、ヒンジの滑らかさ、途中の保持感、そして全開までの動きに不自然さがないかという点。
優れた車両はドアの動きに精度が感じられる。空気の圧縮感やシール材の質感、構造体としての一体感が、開けるだけで伝わってくる。逆に、軽薄にパタパタ開くドアはボディ全体の剛性感不足を暗示していることも少なくない。
乗り込む動作も重要だ。ヒップポイントの高さ、サイドシルの跨ぎやすさ、着座までの身体の移動量。こうした要素は毎日の使い勝手に直結する。さらに、シートに身体を預けた瞬間の荷重分散、骨盤支持、肩周辺の自由度なども。
一般ユーザーはしばしば、シートが柔らかい=快適と考えがちだが、実際には逆だ。優れたシートは適度な支持剛性を持ち、身体を面で支える。短時間では柔らかく感じるシートほど、長距離で疲労を蓄積させる場合が多い。
ドアを閉める時にも情報は多い。閉まる音が「バン」なのか、「ドスッ」なのか。振動の収束は早いのか。閉鎖時に余計な共振が残らないか。こうした感覚はボディ構造や開口部剛性と密接に関係している。振動が瞬時に減衰し、余計な二次振動を残さないかどうかが重要だ。
これはブリキ缶とコンクリート片を叩いた時の違いに似ている。同じ衝撃を加えても、密度の低い構造物はいつまでもビリビリと震える。クルマも同じだ。
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